cover...up
さあさあと水が流れ落ちる。
排水口へ淡々と吸い込まれて行くのをぼんやりと見ていた。
髪から滴る水滴は暖かく、冷えた身を内側から暖めてくれる。
しかし、思い出すのはすぐ先のこと。
あろうことか自分を押し倒してきたあの男。
「くそ……」
目の端をかすめた自分の手。
先まで拘束されていたという事実を残す赤い痕。
強く握った手が勢いよく暖かい雨を切り痣を線に変えた、そのまま壁を強く鳴らす。
同時にバサリと髪が表情に更なる影を作った。
「チクショウ…!」
染み出すように発した声は、確かにあの自信に満ちた気性の激しい男のはずだ。
自分がこんなに弱いと思って無かった。
力ももちろんだが、今柄にも無く震えている自身だった。
何の力も入れていないはずの手が勝手に。自分の意志とは、そう、反対に揺れるのだ。
ああ、情けない。
どんな敵に当たったときもこんなことは無かったというのに。
気を抜いていた、そして何があっても負けないという驕りを持っていたのだと思う。
熱い湯を頭から被って気持ちを落ち着ける。落ち着けようとする。
男の肌を直接感じた首筋をそっと指先で撫でてみた。
ぞくりと寒いものが走る。
繋がれた場所は未だ感触も筋肉も何もかも固まったまま。
擦り切れたような赤い傷は気持ちさえも擦り切らせてしまったような。
情けなくなって瞑った目は黒く熱かった。
「ダンテ…」
遠くから聞こえた自分の名前に目が開き切る。
一枚挟んだドアの向こうから。意識を向ければそこに確かに気配も感じる。
ドクンと心臓が一度大きく鳴った。
意識ははっきりしている。
むしろすべての神経がその声の主を判別するために持っていかれているような感覚。
気にもなっていなかったシャワーの音がやけにうるさい。
もう一度聞こえた「ダンテ」と。
その声には聞き覚えがあり少しホッとする。そしてまたそんな自分を嫌悪した。
「何だシャドウ…?」
見知った気配であるというのに、ドアに向かって少し声を張った。
「手当てが必要だろうと来たのだが」
板に遮られた声は少し篭ったが用件は聞こえた。
手当て、と聞こえたがそれは間違い無いだろうか。
邪魔をしているのは未だ頭上から降り注ぐ暖かい雨のせいかもしれない。
「あ、あぁ…ちょっと待っててくれ」
ダンテは気配に呼びかけると、髪を一度くしゃりと掻き混ぜ、コックを捻った。
微かな水滴しか落ちなくなった後、ダンテは頭を大きく横に振り張り付く髪を乱暴に払う。
棚に掛けて置いていた服に手を伸ばし、見慣れたそれらに足を突っ込んだ。
上着は中に着込んでいた服を手に収めただけで、後はコートを羽織るだけにしておいた。
何しろ面倒だというのもあったが、外で待っているだろう男に柄にも無く悪いと思ったからだ。
扉から出ると、そこには椅子に腰掛けるわけでも無くただ姿勢よく立っているシャドウがそこにいる。
彼だとわかっていても息を吐いてしまったのは何故だろう。
そしてシャドウも少し引き締めていた口元を緩ませたのにダンテは気付いただろうか。
「何も怪我なんてしてないけど」
ガシガシとダンテがその銀を掻き回すと水がまだはたはたと絨毯に染みを作る。
高価そうなのにな、とぼんやり思ったのは他ならぬダンテ自身。
これも作りの綺麗なソファに腰を下ろすと、シャドウにも座れと示した。
「枷に魔力が…後遺症が出るやもしれぬ」
シャドウは両手に抱えていた箱を見せた。
枷、という言葉にダンテは苦い顔をせずにいられない。
今はコートに隠れているその手元は先程赤くなっている跡を確認させられたばかりだ。
人間では無いし、あの屈辱と臆病な気持ちは消えずとも力と共に気分は徐々に戻ってきてはいる。
更に痣ともなればすぐに消えるだろうと踏んでいただけに後遺症という言葉に少なからず驚いた。
そこで合点が行く。
魔力、というものが含まれていたならば動けなくなったのもさほど珍しいことでは無いのだろうと。
後遺症という言葉には引っかかるが、ただ単に己の恐怖心や何かしらに負けたからの結果、というわけでは無さそうで、ほんの少し安堵してしまった。
それに…申し訳無さ気にシャドウが続ける。
「首のところ、だが」
トンと人差し指でその辺りであろう場所を自身で叩いて見せた。
すると見てわかるほどにダンテから血の気が引いて行く。
確認するためか隠すためか、手のひらで押さえている。
その様子は健康的な彼に似合わず青ざめ、顔色が悪い。
蒼い空色の瞳がウロウロと頼り無さ気に辺りを仕切りに映している。
「コートで隠れるとは思うのだが…包帯でも巻いておかれるか?」
「そ、そうだな…頼む」
彼の提案に、ダンテは頷きながら同意した。
これが最善…とは言えなかったがシャドウはダンテが軽くなるのならば、と隠すことに決めた。
厳重に隠し、決して誰にも、もちろん盟主にもバレてしまわないように。
何重にも覆い隠してしまうこと。
盟主を護ること、そしてダンテを守ること。
密かに誓いながらこれ以上彼が苦しまないで欲しいと願いながら腕の治癒に入ることにした。
ダンテはそんなシャドウをこっそりと伺って、ゆるりと目を閉じた。
−続−
隠してしまえ、消えてしまえ
2006.3.31
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