imperfect
カシン。軽く音を立てて手首に重みが増した。
ひんやりと冷たさを感じ、思わず眉をしかめる。
「何のつもりだ?」
何か理由があるにしろ突然これは無いだろうと交差させられた両手を掲げた。
手の甲同士を合わせるようにしたその下の手首を覆う鉄の輪は、ジャラとその両の手を繋げる鎖を鳴らした。
これにどんな意味があるのかはわからないがいい気はしないものだ。
自分を見つめて動かない相手を半眼で見つめ返した。
やっと…と男が漏らす。
意味がわからず何とか汲もうと相手の声に耳を立てた。
「これで、やっとおれのものになる」
静かだが強みのある声。
真っ直ぐ揺るがない視線に、何だそれはと笑い飛ばそうと開いた口をすぐに紡いだ。
本気、とわかればその言葉の意味もわからないでは無くて…。
思わずこちらも顔が引き締まる。
「冗談にしては厳しいな」
真剣そのものな表情にダンテは知らず知らず身を引いた。
しかし彼の手元から伸びる鎖の分しか距離を取ることはできない。
それどころか逆にそれを持って引き寄せられてしまった。
体と体が触れ合う距離にある。
繋がれ身動きのできない両手は胸の前に。
ざわりと肌が泡立つのは腰に回された手のせいだ。
いい加減にしろよ。
久しく騒いでいなかった血が目に宿り、怒りに熱く燃える。
武器は手に触れられない状態だが負ける気はしない。
まずは動きを縛った鉄の戒めを取り外すためにグッと力を入れる、だがしかしそれは壊れもしなければ外れることも無かった。
「……ぁ?」
重い。急に重みを増したように感じると同時に体から力が逆に抜けて行く。
それだけじゃなく気分も悪くなって来た。
酔っているような、風邪をひいたような…ふらふらする。保っていられない。
腰の辺りを彷徨っていた気色の悪い手がゆるゆると撫でながら下へ下へと降りてきて、思わずヒッと息を呑んだ。
しまった、と顔を歪めながら相手を見ると、思ったとおりニヤリといやらしく笑っていた。
サァと頭から血が下がる。
ふらつく思考と体を持ちながらもなんとか自分を奮い立たせ、勢いをつけて蹴りを繰り出した。
力にはそれなりに自信はあるし今までの過去を考えて、いくら悪魔でも食らったらダメージを受けないなんてことあるはずが無いはずなのに、風を切るとはほど遠い速さで蹴りが出た。
それだけでも驚いているというのに、その足は相手の掌によって軽々と受け止められ、その体勢と相手の体重によってそのまま後ろに倒されてしまう。
「ぃ…っ!」
背中をしこたま打って背をのけ反らせた。
胸に乗られる重みと、背中の痛み、復活もしない気分に押しのけることも出来ずマウントを取られている。
情けない格好の自分に身を捩る。
拍子にコートの襟から覗いた首筋に男はごくりと喉を鳴らすのをハッキリ聞いた。それが合図かのように組み敷く男が動く。
「う、あ…ッ!」
まるで獣のように男は首筋に食らい付いた。噛み付かれているような少しの痛み荒い息と首筋を這う舌の不快感に息を詰める。
まさかとは思うが、このまま…。
冗談じゃないと、なんとかもがくが大した障害では無いのだろう、顔を上げてうっとりと笑みを浮かべただけだった。
その様子にまた息を呑む。
間も絶え間なくゆるりと撫でてきていた指先がブツリと音を慣らした。
目線だけでそちらを見ると、気に入りの赤いコートのフックが一つ、外されていた。
見開いたのも気にせず、また一つブツリと音が聞こえる。
そして気を取られていた間に徐々に近付いて来ていた顔。端正で真面目そうな顔だが、それが逆にゾッとさせる。
賢いだろう頭で今に至る気紛れは無い本気さはひたりと恐怖を植え付けて来る。
思いきり顔を背けると髪を掴まれた微か痛みを持ってムリヤリ視線を合わせられる。視界がぼやけた。
屈辱に噛み締めた唇から血が滲んだ。瞳だけで応戦するのは、負けを表すのは嫌だったから。
こんなことに負けるのだけは許せなかった。
それはただの足掻きでしか無いのかもしれないが。
−続−
助けを請うなんて絶対しない
2006.2.20
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