異質との再会




「どうやら、俺たちが居たところとは別世界と考えて良さそうだ」
ダンテはこの有り得ない状況を楽しんでいた。
崖から見下ろすその世界は、悪雲が立ちこめ暗く重く心臓へと圧迫感があり、それを引き立て役とするかのように悪魔がそこらじゅうに蔓延っている悪夢のようなものだった。
三つの頭をもつ、彼女から言わせると『獣の首』というものに巻き込まれる形でこの世界へ来た。
デビルハンターといえども人間の彼女は動けずにいるが、ダンテは不調など感じさせずにこの世界を散歩という名の偵察をしている。
「しけてるっていうか、陽気な雰囲気とは間違っても言えそうに無えなあ」
人間の何倍もする恐ろしく醜いもの、空を悠々と飛行する手の何十本と生えたもの。
まさしく悪魔の世界、と言わんばかりだ。
こんな世界に人間はいるのだろうか、ダンテは周りを見渡しながら半ば諦めの息を吐いた。
そんなことより、
「そろそろ出て来たらどうだ?」
誰も、いや居たとしても魔物くらいであろうこの場所で、まるで知り合いにでも言うかのような口調。
しかしそれは軽口を踏んだ要求であった。
いつでも攻撃ができるという意志が隠れているのは、腕が立つものならわかる。
気持ちの良いとはいえない風の中流れる。
「ダンテ殿…?」
動揺が入った、しかし落ち着いた声で名を呼ばれた頃には、ダンテは二本の愛銃をクロスさせ、相手に向けていた。
「こんなとこにお友達なんている覚えは無えな……誰だお前」
軽口を叩きながらも目は少しも笑っていない。
今にも撃ち出して来そうな警戒心と殺気。
それは目の前にいる怪しい人物(人物かもわからないのだが、しかし形は人間の物をしていた)から見てわかるほどの内に秘める力を感じ取っていたからだった。
風貌はまるであの額に大きな目を携えた悪魔の成り損ないのような人間の部隊、あいつらに似ていた。
黒い革のコートと細身の体、顔を覆い隠していたゴーグルは無いが敵として戦ったあいつらによく似ているが、違うといえば言葉を喋ることと少しはまともそうだというところか。
こちらが武器を構えているというのに、相手は対抗するでもなく、殺気を出すわけでもなかった。
どうしたものか、と考えていると呆然とただこちらを見ていた男がふるふると震えた。
「ダンテ殿ですね?我らが盟主の弟君!」
「誰の弟だって?俺は悪魔の兄弟を持った覚えは無いぜ」
気配が人間では無いことがわかっているダンテは鼻で笑って言い放つ。
「生きていらしたなんて…ああ素晴らしい!」
あからさまな歓喜を向け、銃を構えているというのに手さえ握ろうと近寄る怪しげなものに、もう一度銃を構えなおし突きつける。
「どういうことだって聞いてんだ、大体盟主ってのは誰だ」
ダンテはイラついた口調で問う。
喜びを表していた男は、ガチリと間近で鳴った双銃に慌ててその地に膝を着いて頭を下げた。
その様はまるで王に仕える配下のようであった。そんなことされる覚えが少しも無いダンテは内心うろたえて見せた。
「盟主とは、騎士ネロ=アンジェロ…貴方の兄君のことである、ダンテ殿」
「ネロ=アンジェロ…」
繰り返して呟くその名前。
ダンテには忘れようにも忘れられない名であった。
母の仇である魔王ムンドゥスに戦いを挑んだとき、向かってきた片刃の剣を自在に操る凄腕の魔界の騎士であった。
そして、スパーダの双子が対で持つ唯一の証、アミュレットを持っていた騎士。
最後の一太刀をしたときのことを忘れない。苦しみ悲痛な叫びをとどろかせながら消えてしまった。最後を見届けていないダンテには生死は判断できていなかった。
嬉しいのか嬉しくないのか、複雑な顔をしている。
「盟主は我らを率い、母君であるエヴァ殿の仇、ムンドゥスと戦っているのです」
「なんだって!?」
ダンテは驚愕して見せた。
それはそうだ、母の仇であるムンドゥスは既にこの手に掛けていたからだ。
「おい、どういうことだ、ムンドゥスは俺がとっくに倒しちまったんだぜ」
「何を言われるか、未だ魔王は世界に絶望と混沌を齎しているではありませぬか」
「そんなバカな…冗談キツイぜ」
「冗談はそちらであろう」
意味がわからず、ダンテはついにその向けていた愛銃をだらりと落としてしまった。
戦う意志というものはふたりの間には1ミリといって見当たらなかった。
無言の空間がしばし流れる。
ふと、この会話の異変に気付いた黒の男は首を傾げ、問うた。
「貴殿はかのネロ=アンジェロの弟君であり、幼少の頃魔王にさらわれ、死んだということになっていた……が今ここにいるということは実は生きていた…違いないな?」
見上げて伺うようにそう言われたダンテは、ただ目を丸くするしかなかった。
「何だ、そいつは。それこそ冗談以外の何者でも無いだろ……あぁ、そういうことか」
ダンテは合点がいったのか寄せていた眉をなだらかにし、納得の表情で何度か頷いた。
よくわからないのはそのダンテを見つめる彼である。
疑問符を顔いっぱいに浮かべ、ただ見つめている相手の言葉を待っている。
まだ律儀に膝を着いて忠義の格好を取る男にダンテは溜息を吐いて言い放った。
「俺はここの世界の『ダンテ』じゃないぜ」
今度目を丸くするのは目下の男の方だ。







   −続−







…どうなっちまってんだ、ここは




2005.11.11