指をゆっくりと白く無機質の板へ下ろす。
ポーンと音が響いて消える。
音を辿るように意識を追うと指が自然に動く。
頭に残るフレーズを刻む指。
奏でる繊細な音。


「竜崎ピアノ弾けるんだ」


ヨロリと現れたのは先程まで腕の中にいた彼。
シーツという薄い布で身を隠し、トロリとした目を向けてくる。
「月くん……」
力無く歩くその姿。
疲れの見えるその様子さえも妖美だ。
夜神月は大きな黒の楽器の椅子に腰掛けるこちらの隣で足を止める。
「ベートーヴェンの『月光』だな…」
「えぇ」
楽譜も無い、卓上を見てポツリと呟いた月。
「よく弾くのか」
「いいえ。最近は触ってもいませんでした」
ピアノのある部屋さえも選択はしなかった。
今日、この楽器があるのも偶々であり弾く予定も無かった。
人差し指で白の鍵盤を軽く押す。
軽い綺麗な音が空気を振るわせる。
「どうして急に?」
「月くんを見ていたら弾きたくなりまして……」
ポーン、また一つ音が鳴る。
「月光を?」
「はい」
こちらにあわせてか、高い音をキンと鳴らす彼の指。
細く白いそれが鍵盤の上にふわりと降りる様は演奏者では無いのに見惚れる。
「僕がライトだから?」
「それもありますが…」
夜神月の腕を掴み、乱暴に口付ける。
目を見開いた彼も、知った風に目を閉じ応え始めた。
彼の身体に押された鍵盤が不協和音を奏でる。
連なるように、荒げる二人の吐息。



静かに、しかし確実に囚われていく。
水面下でゆらゆらと、育つ気持ち。

月に惹かれ、光に当てられ。




もう戻れない。










   −END−


光に照らされて、音がゆらゆら揺れて。
その音に乗せられて、その光に誘われる。

2004.11.24