大学内のベンチに二人で腰掛けていた。
暖かい光と、軽い風が気持ちいい。
月は流河と話しながら本にも目を向けるという器用なことをして。
流河は流河で、妙な座り方で自前のチョコを頬張りながら話していた。
そしてしばらくチョコレートを貪っていた流河が何を思ったのか意味のわからないことを口走ったのだ。

「私とミサさんが崖から落ちかかっています」


「一人しか助けられないというなら、月くんはどちらを助けますか?」





「何だ、いきなり…?」
意味がわからず呆然とする月。
それもそうだろう。
深い意味の無い会話をしていたと言え、この質問は意図が読めない。
流河は新しい甘い粒に手を伸ばしながら呟くように答える。
「いえ、そんなことを話している生徒がいたものですから」
月は、この会話が裏に何も無いことを理解することができた。
流河との会話は深く読まなければ中身なんてわからない。
月でさえ時間を要することが多いのだ。
「それで、どちらなんですか?」
じっと見つめられて問われた。
そして彼の言い出した文章が頭に甦る。



「ミサに決まってるだろ」



答えは決まっていたのであっさり口に出す。
「……そう言うと思ってましたけどね」
流河はおもしろく無さそうに視線を逸らし、チョコレートを口にした。
「女性を先に助けなくて男と呼べるか?」
「私ならミサさんより月くんを取りますけどね」
流河だと言え、夜神月が間違ったことを言ってはいないということは理解している。
女、子供の命を優先させることは正しい。
分かっていて、それでも不機嫌になるのは彼のことを愛しているからだろう。
「しかし分かってはいたといえ、少しショックです」
見た目ではわからないが、すっかり気落ちしてしまった流河。
箱に入った大好きな甘味を指で突く。
一度は摘むがすぐに箱に戻す。
それを繰り返す。
月はその様子を本の影から見ながら溜め息を吐く。
「仕方ないな……」








「じゃあ自力で登って来たらキスくらいしてやるよ」







まるで本を読んだだけのようにさらりと言う。
何でも無いかのように。
流河はポカンと口を開ける。
月はくすりと笑いを漏らすと、箱から長い指でチョコレートを摘む。
そして流河の開きっ放しの口に放り込んでやる。



嬉しそうに破顔する流河に、本の壁で月もこっそり笑うのだった。










   −END−


女性を見捨てるなんてそんなことできるわけないけど。
お前をどうでもよく思ってるわけでも無いんだから。

2004.11.18