「イタ…ッ」



突然走った痛みに思わず手の中の捜査資料を落としてしまった。
じんわりと人差し指から赤い液体が滲み出てくる。
「どうしました夜神くん?」
赤液体が指の上で玉を作るのをぼんやり見ていると、横に座っていた竜崎が声をかけてきた。
「いや、紙で指切っちゃっただけだよ」
ティッシュでも取ろうと腰を上げると肩を捕まれいきおいよくソファに戻される。

「それはいけない、すぐに手当しないと!」

ソファに揃えて上げていた足を下ろし、部屋をきょろきょろと見回す。
どうやら救急箱を探しているらしい。
キラと疑っていているのに心配してくれるのだと思うと少しおかしかった。
「平気だよこれくらい」
笑って言ってやると少し考え事をし始めたのかじっとこちらを見て動かなくなった。
突然考え込むのはやめてもらいたい。
しばらく彼からの発言を待つことにした。










「じゃあ私が舐めてあげます」


口を開いたかと思うと、意味のわからないことを口走った。
思わずぽかんとしてしまう。
意識が戻ったときにはその言葉の意味が理解できて、思わず顔を顰める。
「嫌だよ、汚い」
「何言ってるんですか、唾液には殺菌作用が・・・」
淡々と語ろうとする竜崎の言葉を切るように口を開く。
「例えどんな作用があったとしても竜崎に舐められるなんてごめんだね」
「私は平気です」
何が平気だというのだろう。
自信満々に言われても困る。
「君が平気とかそういう問題じゃない」
「じゃあ私が怪我をしたとき月くんは舐めて手当してくれます?」
「断る」
何故か期待しているような目で見られて思わず後ずさる。
キッパリと拒否をすると竜崎はふらふらと部屋の隅まで歩いた。
いつものように変な座り方をして壁に向かってそうですかと連呼している。
はっきり言って恐い。
それより舐められることを恐れたのでティッシュを抜き取って指に当てた。











どれだけ時間が経ったか。
しばらく放っては置いたが、チラチラ見てくるので気になって何も集中できない。
しかし、竜崎と呼んでも捜査はどうするんだと呼び掛けてもまったくは反応しないのだ。
それならそれとどれだけでも放っておこうかとも思ったが、ずっとこのままは欝陶しい。
一言イエスと言ってやればこいつは満足するのだ。
言葉を出す前にまず今の気持ち前面に出した溜息を吐いた。
「わかったよ、するする。すればいいんだろ?」
今まで何の言葉にも反応しなかったのに、ピクリと背中が揺れた。
「本当ですか?」
背中を見ただけで嬉しさがわかる。
そわそわしているのがわかってしまう、わかりたくなくても。
「あぁ、でも怪我をしたときだからな?」
本当にほとほと呆れてしまう。
しかし、ホテルからあまり出ることの無い彼が怪我なんて滅多にしないだろう。
そしてそのうち忘れてしまう、と踏んだ。


が。





「実はもうしてます」





振り返った彼は、額から血をだらだら流していた。
それはパタパタと床に滴るほどに。
「り、竜崎…!!何やってるんだよ!!」
「怪我をしてしまいました」
怪我という限度を越してしまっている。
彼が先程まで向いていた壁は少し亀裂が入っている。
きっと血で汚れた手を洗いに洗面所に向かったときに起こした行動だろう。

「舐めてください……」

じりじりと血だらけで迫って来る竜崎。
痛みというものをまるで感じないとでもいうように平然としている。
そんな態度を見ているとこちらの方が心配になってくる。
「馬鹿、そんなこと言っている場合の傷じゃないだろ!き、救急車…」
彼とは逆に真っ青になってしまいながら、慌てて電話を取る。
竜崎はそんな状況でも「舐めてください」としか言わない辺りさすがだった。










   −END−


「月くんのためなら何でもできます」

2004.09.13