後になって後悔する、なんてよくあることだ。
それを、俺がするかどうかなんて知らないことだけどね。
「ありがとうございます」
ホテルの廊下で男が二人。
通り過ぎる人に見られることも何とも思わない。
考えられるのは、この、彼のことだけ。
「何か流河さんには貰ってばかりですね」
栗色の青年が眉を寄せて笑った。
手の中には先程渡したポラロイド写真。
彼が困るようなことでは無い、これは自分の勝手な行動なのだから。
「俺があげたいんだからいいんだよ」
そう言うとヤガミライトはまた笑う。
夜神、月。
雲を掴むような感覚で、追い続けた。
大学で、彼を見かけたあの日からずっと心にあった存在。
その彼は今自分の前で笑っている。
信じられない、
「もうすぐ新曲出るんですよね、おめでとうございます」
「知ってたんだ?ありがとう」
声が張ってしまうのが自分でわかる。
彼が知ってくれていただけで嬉しい。
「はい、妹が騒いでいたので」
「……そっか」
彼自身が望んで手に入れた情報では無いというのがわかり、些か気落ちしている自分がいる。
元々夜神の兄の方はファンでも何でも無いのだから仕方ないと言えば仕方ないのだが。
こんなところで止まっていられない。
出会えたことでさえ、有り得ない可能性だったのだし。
「じゃあ、発売前のCDなんて欲しいかな?」
これはもちろん「妹さんに」ということだ。
まさか彼が欲しいとは思えないし。
テレビでの新曲発表はあったが、発売されるのは一ヶ月も先である。
初回限定品が付くので、予約が殺到しているらしい。
「何ならサインも付けるけど」
「いいんですか?」
夜神は驚いた表情を見せ、聞く。
彼の作り物のような綺麗な顔を変えることができるのは非常におもしろい。
「いいよ、事務所にはたくさんあるし」
笑いながら言ってやる。
別に俺の金でCDを出しているわけでも無かったし。
それで無くても、俺の曲、なら自由にしてもいいはずだ。
マネージャーが何て言うかなんてわかりきってはいたが。
彼のためならどうってことない、そんなもの。
「ハハッ、じゃあ頂いてもいいですか?」
夜神月もおもしろそうに笑う。
了承する、予想通りだ。
彼が断るとは思っていなかった。
妹のことを大事にしている彼なら「流河旱樹」からの物を受け取らないはず無いだろう。
たとえ、俺に興味が無かったとしても。
しかし、やはり綺麗な笑顔だと思う。
彼ほど綺麗ならば、それだけで一枚の絵になる。
「オッケ。じゃあいつ渡そう」
彼のことを考えすぎて呆けそうになる自分を誤魔化すように、慌てて言葉を吐いた。
「そうですね…」
夜神は顎に指を当て、少し黙り込む。
口を開く、それはとてもゆっくり、スローにでもなったかのように感じた一瞬。
「連絡先聞いてもいいですか?」
夜神月が去った廊下。
誰もいない奥まで続く道。
彼がやって来た先にいるのは、恐らくもう一人の。
「流河旱樹」
似ていないようで、似ている。
彼に固執するところなんて、そっくりじゃないか?
ポケットに手を入れ、先を見据える。
ゆっくりとした音楽が流れている。
今の自分には何てそぐわない音楽なんだろう。
口の端が自然に上がるのがわかった。
「後の祭って言葉知ってる?」
返ってくるはずも無い返事。
目を伏せ、自分のいるべき場所へ足を向けた。
口には笑いを浮かべたまま。
−END−
月とアイドル。
渡さないよ、と誰かが言った。
2004.11.14
|
|