人が行きかう街の中。
色とりどりに傘が咲き、空からの水滴を嫌うかのように足を急ぐ。
そんな中で立ち尽くし、消えそうなか細い声に耳を傾けたのは。
何か意味があったわけじゃない。
ただ寒そうで、寒そうで、まだ命を摘むには早過ぎると思ったから。
だから、手を伸ばした。
それだけ。
器用に片手で折りたたみのを開けると番号を選び出す。
見慣れた番号で指を止めると迷わず緑に光るボタンを押した。
何回もコール音が鳴らないうちに、相手は電話を取る。
電話が嬉しいのか、それとも単に機嫌がいいのか少し嬉々した声だった。
「ごめん、竜崎。今日は行けそうに無い」
雰囲気が固まったのが電話越しでもわかる。
『……どうしてですか』
無言の空間で気持ちが移り変わっているのだろうことは理解できた。
声に不機嫌さがありありと詰め込まれている。
『誰かとデートだと?』
「違うよ」
来ると思っていた言葉なだけにすばやく否定ができた。
竜崎は何かあるとデートか、浮気かと言う。
ミサ然り非があるのは否めないのでそこは諦めているが。
彼の浮気というのは男のことを言っているらしいと最近わかってきた。
男色の趣味があるわけでは無いのに、何故色んな男に手を出すと思うのだろうか。
『ではまだ大学に』
すぐに出た否定の言葉に、竜崎の声が少し緩んだのが見える。
「そうじゃない、一度ホテルの前まで行ったんだけどね」
確かにホテルの前まで行った。
後もう少し、というところまで向かっていたのだ。
でも今、僕の足は家に向かっている。
『では何故』
理解ができない、と疑問系にすることなく質問を繰る。
特別言うことでも無いが、隠すことでも無い。
言ったことで安心するのなら言ってしまった方がいいと判断する。
「それはー…わっ!コラ!」
突然意思とは関係無く揺れた体に声を張ってしまう。
片手で持ち、尚且つ電話をしながら傘を持つ、元々無理な体勢だったのもあったからか。
傘はパサリとコンクリートに舞い落ちた。
『誰かいるんですか?』
潜めた声で聞いてくる電話越し。
雨に濡れてしまっている状態で長居の電話は無用だった。
「……また今度説明するよ、じゃあ」
『月く……』
早口で捲くし立てると竜崎の返事を聞くことなく電源を切った。
きっとこのままでは何度も掛かってくる電話は予想できて、仕方なく一時電源を落とす。
嫉妬深く、疑い深いあの男を納得させる説明をしなければいけないことに溜め息を吐く。
せめてあそこで電話を邪魔されなければきっと誤解生まれなかったんだろうけれど。
チラリと片手で押さえているジャケットの中のモノを覗き込む。
携帯をしまい、傘を拾ってそのまま差すこと無く閉じてしまう。
畳んだ傘を腕に掛け、雨の中の街にまた一歩足を踏み出した。
濡れながら帰るのも悪くは無い。
そのままの手でチラチラ揺れる頭を撫でてやる。
「お前までヤキモチか?」
元は何色かわからない泥に塗れたソレ。
目元がどうにも奴を思わせる。
見た目でも似ていると思ったが嫉妬深いところもどうやら似ているらしい。
電話をしているのがそんなに嫌だったのか。
全く持って誰かさんそっくりだ。
「L2号」
答えるように、にゃあと一声鳴いた猫。
くすくすと笑いながら、その泥だらけの目元にキスを落とした。
−END−
まったくどこまで似てるんだ、お前らは。
2004.10.18
|
|