「月くん、ケーキいりませんか?」

「いらないよ、竜崎」




にっこりと笑顔を浮かべる、もちろん社交辞令で。
いつもはそこで、そうですかと引き下がる竜崎。
しかし、その場で二つのケーキを手に突っ立っているだけで座ろうとしない。
「どうした竜崎?」そんな台詞を月が口にする前に目に白い物体が飛び込んでくる。


「うわっ!」


寸でのところで見事に避けることができた。
運動神経が人より良い月だからできたことだろう。
ソレはべしゃりと音を立てて床に落ちた。
月はそれを見てぎょっとする。

「ケーキ……」

先程まで竜崎が手に持っていた物が此処にあるからだ。
綺麗な形をしていた菓子はくしゃりと潰れてお世辞でも綺麗とは言い難かった。
もし避けきれていなかったらあれが自分の顔にぶつけられていたと思うと怒りが湧いてくる。
「竜崎!何するんだ!!」
「いえ、男の夢をちょっと」
声を張った月を気にもしていないように静かに答える。
持っていたものが無くなった手をペロリと舐めた。
「何だそれ・・・」







「身体にクリームが付いたら舐め取ってあげますよ」








抗議の声を出す前に、竜崎はいきおいよく腕を振り下ろした。
竜崎は上手い具合に顔を狙ってくる。
言っていることはよくわからないが、ケーキを被るのは御免したい。
なんとか月は屈むことでそれから逃げることができた。
「竜崎…何なんだよ」
顔を上げると同時に思い切り睨んでやる。


べしゃ。


油断していた。
竜崎が持っていたのは二つだけだと思っていた。
いや、手に持っていたのは確かに竜崎の分と月の分だったから。
と、いうことは聞く前から机に置いてあったというわけで。
しまったと悔しそうな顔を浮かべる。

「流石月くん、すごい反射神経ですね」

驚いてもいない声色。
竜崎の言う通り、反射神経のおかげで顔に甘いものが掛かることはなかった。
しかし、顔の前に出した手のひらには潰れた元ケーキ。
突然のことだったので思い切り握ってしまった月の手は凄いことになってしまっていた。
「……竜崎」
引きつり笑顔を浮かべながらじろりと目を向ける。
「僕に、何か、言うことは無いのか」
言葉を切っていることで、どれだけ月が怒りを含んでいるかがよくわかった。
しかし竜崎はいつもの抜けた顔でそんな月を見ている。
「そうですね…」








「今日は手だけで我慢しますよ」








普段あまりキレたりしない月が、手の中の甘い物を投げつけるのはそんな台詞のすぐ後。










   −END−


絶対どこかおかしいんだ!あいつは!

2004.10.11