「似たもの同士」→「寸止め」





10のカウント。

ようはこちらを見ていないときに近づけばいいだけのことだろ?












「流河さん、ファンです!」


今日は新曲発売のイベントで握手会だった。
笑顔を浮かべ、サインを綴りCDを渡す。
元々、人数制限をしてある会だからその場でサインを書いていてもこれくらいなら平気だろう。
「新曲感激です!」
「どうもありがとう」
笑顔を振り撒いているのに頭からあのことが忘れられない。
東応大学のライブの下見で会ったもう一人の流河。そして綺麗な青年。
もう一度会いたい、そう願うのにその機会は簡単には訪れるわけが無い。
あの後すぐにライブをするという場所に連れて行かれ打ち合わせになった。
別の日なら会えるかもしれないと淡い期待を持っていたが、多忙なスケジュールの中しかも大学という場所に行けるはずも無かった。
結局俺は周りに呼ばれていた「ヤガミくん」が彼だということしか知らない。


ヤ、ガ、ミ


それが彼の名前。
しかしそれだけでは何もわからない。
誰かに聞いておけばよかったと後々舌打ちをした。



ライブ、彼は来るんだろうか?
即日完売になったチケットを彼は持っているんだろうか?
順々に行われるサインと握手を淡々とこなしながらそのことばかり考えている。
アイドル流河旱樹もたいしたことは無いらしい。










「東応大学祭のライブ、頑張ってください!」


黒髪の小柄な女の子が震える手を差し出した。
「ありがとう」
サインを綴り、同じようにきゅっと握る。
その子は慌ててなんとか言葉を出そうと口をパクパクさせた。
「お兄ちゃん、東応の生徒なんです!」
東応という言葉に今まで呆けていた思考が素直に反応してしまう。
「へぇ…賢いんだね」
「はい!首席なんですよ!」
東大の首席と言うと、俺と同じ名前の流河旱樹。
「え?流河くんの妹さん?」
「流河……?」
首を捻っている。
どうやら流河という名前に聞き覚えは無いらしい。
「違うの?」
「私の兄は夜神っていうんです」
「やがみ………?」




ヤガミ?


「ぎゃ!まさか知ってるんですか!?夜神月って言うんですけど!!」
ヤガミの妹という子は興奮して大きな声を出した。
「ライト……」
彼の名字と同じ。
ライトというのは彼なのか。
そのことに思考が奪われ、今の状況を忘れてしまっていた。
「流河さん?」
不安そうな声に引き戻される。
話の途中で黙り込んだこちらに、自分の言ったことが失礼だとでも思ったんだろう。
「あ、いや。そうだ、これ」
胸にささっていたハンカチにまでペンで日付時間、サインを書く。
「お兄さんに渡して」
ひらりと小さな手のひらに乗せる。
「え?」
「東応のチケットもう無いからさ。これでお兄さんにライブに来てくれるように言ってくれないかな?」
マネージャーが困った顔をしているが気にしない。
突然のことでわけのわからないような顔をしている目の前の子に笑いかける。
「せっかく東応の生徒なんだから、その大学のライブ見に来てほしいし」
「ぎゃっ!わかりました!!」
スタッフに、次の人をとこそりと言われる。
「よろしくね」
手を振って、笑顔を向けた。
そして待っている次のファンへ顔を作る。







ヤガミライト。
もし「ヤガミライト」が「ヤガミ」と呼ばれていた彼なら。







なんだ、どうやらツキは落ちてないらしい。














10のカウント。

こちらに気付いたときにはもう遅い。

止まってなんてやらない。










   −END−


ほら、もうあといくつかな?
「似たもの同士」→「寸止め」
















































「……流河」
「何ですか、夜神くん」


本当にもう間近に声が聞こえる。
パックリ開いた真っ黒な目がじろりとこちらを見ている……至近距離で。
怖いからなるべく見ないように視線を外す。
「近いんだけど」
「キスしてませんよ?」
息使いが聞こえる。
と言うか生暖かい息がすでに当たっている。
あぁ、気持ち悪い。
「そういう問題じゃなくて…」
距離を取ろうと体を引くと、すかさず近寄ってくる。
顔を背けても同じこと。
追いかけて向き合うように迫ってくるのだ。
「キスをしないなら、近くにいても良いって言ったじゃないですか」
「そういう意味じゃ無いんだけど………だから近いって近い近い」
更に間を縮めて来た流河の顔を手で押さえる。
このままだと事故だと言ってキスをされそうだ。
流河ならやりかねない。
「手をどけてください、夜神くん」
無駄な体力を使って顔を近づけてくる。
ここで引いては自分の身が危ない。



二人の距離3cm










   −END−


だから。する気満々じゃないか。

なんで二個も小説があるのかというと…まったく二人が出てこないので。

2004.09.28(加筆 10.03)