しまった、と思ったときにはもう遅く足は地面に垂直には立っていなかった。


「ぅわ……!」


躓きそうになった前呑めりの体を一本の腕が支えて来る。
腕から徐々に見上げるとそこには見慣れた顔。
「平気ですか?」
「う、うん。ありがとう」
僕としたことが竜崎に助けられるなんて・・・!
内心舌打ちをしながらもにこりと笑顔を浮かべて礼を言う。
体制を立て直したのを見届けると竜崎は当然のように口を開いた。


「では御礼をください」


「は?」
「助けた御礼ですよ。ください」
「無償じゃないんだな」
目聡い男だ。
借りを作ってしまう僕も不覚だった。
御礼と言っても、たいていコイツは飴かクッキーかをあげれば満足なんだろう。
コイツなら僕があげれば何でも満足だとでも言うんだろうが。
しかし普段そんなものを食べない僕は何も持っていない。
「あいにく今日は甘いものは持っていない。今度でいいかな?」

「甘いものが欲しいわけじゃないんです」
珍しい。
しかし礼と言えばお金と言われても僕は普通の学生だ。
そんなに持っているわけではない。
「何?お金なら竜崎の方が持ってるだろ?」
眉を寄せて問うたのに竜崎は特に表情無しにきっぱり言った。


「いえ。簡単です、キスしてください」





「キス……?」
「はい、それで助けたのはチャラにしましょう」
コイツ………
「さ、夜神くん。早く…」
まさか初めからそのつもりで手を貸してきたのか?
捜査本部で父さんだって松田さんだっているのに。
キスをしろと?
男に、よりによってLに!
この男は一度言い出したら引くということを知らない。
きっと今は避けられてもいつまでも言い続けるだろう。
指を口に当ててじぃっとこちらを見ている。
これは諦めるしか無さそうだ。


「………わかったよ、竜崎。目を閉じろ」

素直に目を閉じた竜崎を見て顔を顰めてしまう。
思い切り溜息を吐いて足を踏み出した。




















「夜神く…」


頬に添えられた手に、嬉々して竜崎はゆっくりと目を開ける。
しかし目を開けると同時に、ピシッと固まる音が聞こえた。
それはそうか、鼻先5センチの目の前にいる相手は僕の父さん、夜神総一郎なんだし。
父さんは思い切り息を吸い込むといきおいよく竜崎にキスをした。

「と、父さん……」
「局長?!!」

竜崎は顔を掴まれて動けない。
というより目を見開いて動いていない。
ぶちゅうと音が出るくらいに唇を合わせること数十秒。
止めていた息を吐き出して、父さんは竜崎から離れた。
父さんはぜいぜいと荒い呼吸を繰り返す。




「息子にそんなことさせるくらいなら私が犠牲に……!!」




目に涙を溜めて息子への愛故での行動を主張している父。
実際にキスなんてしたくなかったので有難いと言えば有難い。

が。

キスをしているのは僕の父と、竜崎だ。
尊敬する正義感の強い、そんな父なのだ。
よ、喜べない………。
すごく複雑だ。
できれば見たくなかった。
これなら自分がしていた方がよかったかもしれない。
でも息子の僕のためを思ってやってくれたことに対してそんなこと言えるわけ無く。


「ありがとう父さん」


ちゃんと笑えたのかわからない。
でもなんとか口の端を上げることができてよかった。
父も「そうか」と満足そうな顔を見せた。











その後の状況なんて悲惨なもので。



松田さんは固まって、青い顔で立ち尽くし仕事にならない。
竜崎に至ってはあの無表情が崩れ放心している。
ブツブツと口内で呟きながらティッシュを無駄に引き抜いているだけ。
僕も最近毎日夢にあの出来事が甦ってよく眠れずにいる。





そんな日々はこの先何日も続くことは誰にだって予想できる範囲だろう。










   −END−


あぁ、これからどうすれば。

2004.09.27