広い屋敷の中、中庭に面している渡り廊下は風が入りとても気持ちが良い。光や花があれば和む光景であろうが、それが無くても十二分に美しい。
そんな中を場違いな速足で進む者、そして後を追うひとつの影。
しばらく放っておいたフロストも口調に苛立ちを盛大に加えて後ろの人物へ言葉を投げた。
「近寄るな、と言っているのに何故聞かない」
「何でお前の言うことを聞かなきゃいけねえんだよ」
俺のしたいようにするさ、と続けた。
特にフロストに用があるわけでも無かったが、時折こうして彼に付いて回った。黒と灰の髪の隙間から細い目を更に細くしてフロストは隠そうともせずに舌打ちをする。こちらにとってそれは何の意味も無かったのだが。
彼はダンテに対して良い気持ちを持っていないことは誰が見ても明白だった。あからさまな嫌悪、決して近寄ろうとしない距離感、刺々しいほどのそれをダンテは楽しんでいた。
フロストがこちらを嫌っているのはこの世界のダンテが彼をこれまでかと言うほど嫌っていたからだそうだ。
スパーダから双子の剣の稽古を頼まれたらしい彼は、ただでさえ無愛想で口数も少なく吐く言葉は厳しい上に稽古となればプライドを掛け真剣に行ったのだろう。更に子供との付き合い方もわからなかった彼が臆病なダンテから嫌われるのは時間の問題だったらしい。
お気の毒、とは思うが所詮自分には関係無いことなので「本当は仲良くしたかったんだよ」「思っても無いこと言ってごめん」など仲を取り繕う気は更々無いのである。第一面倒だ。
嫌われていようといまいと、ダンテは彼のことは気に入っていた。
此処へ招かれてからというもの好意的に思ってくれる者とそうで無い者がいるのはわかっていた。嫌いならそうでも構わない、と思っているダンテだが気に入らないのはそいつらがこちらに対してヘコヘコと良い顔をすることだった。
気に入らなければ放って置いてくれればいいのに、と思ってもわざわざこちらに取り入ろうと良い顔を見せてくる。そういうのは一番面倒だった。バージルに気に入られるために大変だな、と思うが良い迷惑だった。
それに比べてフロストは気が楽だ。
嫌悪をバシバシとぶつけてくるし、こちらが何を言っても聞かないとわかるとまるで居ないものとして扱う。単細胞と言われようがそういう付き合いの方が楽なのだ。
それに、
「似てるんだよな」
「何に」
先を歩いていたフロストがピタリと歩みを止めた。
珍しい、フロストが独り言に返事を返すなんて。しかしよりにもよってこんなことに反応しなくても。
苦笑を洩らし黙ってしまったダンテを不審に思ったのか、振り返り灰の瞳でじっと見つめる。
そしてもう一度何に、と繰り返した。その瞳が答えを求めていて、それに逃げられずダンテは押されるようにポツリと洩らした。
「俺の兄貴に、」
「盟主バージルに?」
ダンテは何も答えなかった。ただ目を逸らし困ったように笑った。
風がさわさわとそよいでいく。赤のコートがゆらゆら揺れるが、フロストはダンテから目を背けることはしなかった。
しばらくそうしていたが今までのことを考えても彼が言うことを聞くことは無く、フロストはこれ以上何も言う気は無く時間の無駄だと判断するとまたダンテに背を向けまた歩き出す。ダンテは後を追わなかった。
数メートル離れた先で気配が止まり、ダンテは思わず顔を上げた。
フロストは首だけで振り返り、ダンテと視線が交わるのを確認すると、

「俺に似ているとは、さぞかし剣が立ったんだろうな」

そして何事も無かったかのように歩みを進め、足の速い彼はすぐにこの場から姿を消してしまった。
ダンテは呆然として動けなかった。だから似てるんだよ、そういうところが。
平気で切り捨てられる厳しいところとか、それでも何気ない優しさだったりとか。瞳の奥が寂しそうなところとか。
思わず感傷的になりそうな自分が嫌になり、銀の髪をぐしゃぐしゃと掻き回し今度はフロストとは反対へ足を向け歩き出した。
無性にバージルの顔が見たくなったのだ。



似てる気がして、放っておけない





何気ない視線








2012.2.7