「う、うそ…」
佐助は愕然としながら呟いた。
最近体調は悪かった。日頃苛々が増え、食べ物を見ると吐き気が催したし、戦に出ることが常の仕事に就いているくせに血を見ると目眩がして真っ直ぐ立ってはいられなかった。
よもやすでに匙を投げるようなどうしようもない病気に掛かってしまったのでは…そんなことをグルグルと考えていた日々。
それが解決したのは身体に変化が見えてから。
いや、これはある意味病気だ。異常だ。
「ね、もう一回言ってくれる?」
「ややこが居られるようですな、おめでとうございます」
ああ、それが何故こんなことに。
なんとも「微笑ましい」と言った表情で告げる医師にうそだともう一度呟いた。
何で男に子が…!なんて言葉は浮かんで来ない。
俺だって自負できるほどの腕を持つ忍だ。どんな無茶なことだって実行させて見せるのが忍というものだ。
それに、堂々とは言い難いことも多い。それに何より心当たりもあったことだし。
…体調が大きく崩れる前、一流の忍でも難しいと言われる術の印を結んでいた。
調度そのときに体も頭も限界を迎え、視界が傾くままに倒れてしまった。
それから数日後、すっかりよくなったものだから印のことを忘れてしまったまま、数日後真田幸村と房術を致したのだ。
あの印は成功していたということで、俺様天才…こんなところで有能さを見せなくてもいいのに…。
己の失敗を悔いても悔やみきれない。 つまりは、これは、間違いなく。
………旦那の子供。
ガクリと項垂れてから、ふとその、命が入っている箇所に触れる。
そこはいつもと変わり無く見えるし、鼓動も己以外聞こえないはずだが…ここにいるらしい。
うっかり情が芽生えそうになって、慌てて頭振った。
今更宿った命が術を解いたからといって、亡くなるかはわからない。亡くならない、可能性の方が高いと何となく感じる。
抵抗もできない相手を殺すのは忍び無い。
いや、すでにそんなことを言っている場合では無い。
とにかく、旦那だけには、いや大将と旦那にはバレるわけにはいかない。
しばらく暇をもらおう。
「あのさ、この子のことは旦那には…」
医者を口止めしようとしたところで、まあこれは絶好の瞬間に真田幸村本人が、しかも武田の大将まで連れて襖をガラリと開けた。
体調を心配してか、両手に持った皿にはよく熟れた柿が乗せられていた。
目はバッチリあってしまっている。



早速バレた。



黙って、ともし俺なんかが言ったとしても、所詮は忍の言うことだ。お館様や真田の旦那が喋れと言えば簡単に口を開くだろう。
それはもう上機嫌な様子でさらさらと医師は言ってのけたのだ。
聞くなり、ガバリと立ち上がり吠えた。
「そ、そそそ某に子があぁあ!!」
「うむ!幸村ぁ!」
下ろせと言われるだろう、と思考を巡らせる暇も無く、「ややこ、ややこ!」と二人ははしゃぐ。
この熱さから言って、今すぐにでも殴り合いに発展しそうな雰囲気だ。
「ちょい待てよ!俺は産む気なんて無いって!!」
俺の言葉に、二人の動きが止まる。調度お互いの頬に拳が入ろうとするところだったのがピタリと止まった。
きょとんとした表情で旦那がこちらを見やる。
「何を言っておる!某との子供だぞ!佐助!!」
産むのは当然だろう、と言ったところだろうか。
「俺は男だっつの」
「男が孕むかぁ!!」
腕を組みながら見守っていた大将が最もなことを言い放つ。
「術が失敗したんだって!」
自分の専売特許での失敗を認めるのは有り得ないくらい恥ずかしいことだが、そんなことも言っていられない。
旦那はあからさまにしゅんとして見せて、ちらりとこちらを伺う。
「佐助は某との子は欲しくないか?」
「欲しくない」
きっぱりハッキリ答えると、うおおおと泣け叫ぶ。
普段から五月蝿いが、より五月蝿い。
「だって俺は忍だぜ、仕事どうすんだよ」
「子を産むのも仕事ぞ」
きっぱりはっきり言いやがるのは、天然なのかそれとも故意か。
ふるふると震える拳をぎゅっと握り締める。

「うっせぇ!!絶対産むかぁ!!!」

声の限り叫んでやる。
お腹の子にさわります、なんて女子に使うような言葉を向けられたなんて認めない。
この事態だって、俺は、絶対に認めない。



このまま行ったら掴めるって?まさか、そんな冗談…何をってそりゃあ





幸せを








2007.3.19