竹箒を手馴染みの剣と同じように大きく振り回している慶次を見て、佐助は大きく溜息を吐いた。
掃除を受け持つと言ってくれたときは、掃除くらいなら別に問題は無いだろうと思った。
箒で何ができるというわけでも無し。
しかし甘かった。所詮、箒。されど箒。
庭をめちゃくちゃにしてくれた。見事に。
落ち葉や朽ちた桜の花、塵などを集めて欲しいと言っただけなのに、ここまでかっていうくらい、汚くしてくれた。
力が強すぎて木の若葉や草までも切り取ってしまっている。
砂埃が上がったせいで縁側まで飛んで来ている。
まだまだ健在のはずの桜の花も風によって寿命が短くなってはいまいかと言うくらいに辺りに散っている。
これを片付けるのは誰だ?
誰に問うでも無いが、答えは出ている。俺の仕事だ。
いくら招かれざる客だろうとそれくらいはしなければいけないだろうと、休憩に折角持ってきた茶と茶菓子もあげる必要も無いように思えるが。
そこで渡さない、という選択ができないのは甘さだと自覚している。
はあ、と溜息を吐いて、ひとつ名を呼んだ。
「色んなとこを旅して回るけど、此処は平和だねえ」
前田慶次は縁側にどっしりと腰を掛けて、茶をひと啜りして心からと言った口調で口にした。
視線ははらりはらりと舞う桜、しかしその問い掛けは間違い無く己へだ。
「アンタみたいな傾舞伎者には暇なところだろうさ、出口はこちらですが?」
「やー、結構。気遣い悪いねぇ」
気遣いじゃねえって。
折角わざとらしく作った笑顔も善意に取られてしまっては意味が無い。
あからさまに顔を歪めて見せた。
熱い茶をまたひとくち飲んで、桜を愛でる。
その姿は派手なこの男にはとても似合っていた。
「ここの桜も見事だが、京の桜も見事だ。今度来るか?」
生活の大半が京で過ごしている男だからか、自分の家に誘うように言う。
「生憎だけど俺も京には仕事で行くんで」
桜が見事なことはもちろん知っている。
誘われなくても観に行こうと思えば観に行くことなど可能などだ。
例えば偵察の帰りなんかにでも。
「お!じゃあいいじゃん、一緒に行こう!」
「仕事だっつの」
「あれだね、佐助は仕事仕事なんだねぇ」
悪か無いけど。
感心したような、呆れたようなそんな口調で続けられる。
微かにムッとした。
「俺だって好きでこんなに仕事してるわけじゃない」
人並みに休みたいと思うことだってある。
忍の仕事以外…例えばそう、この後の庭の片付けなんかも残っているのも既に自身の仕事だと認知している。
それなりにお金はもらえているが、どう考えても旦那と大将の意向で働かさせすぎているのは自分でもわかる。
嫌いでは無いが、それでもやはり仕事仕事の仕事人間では無いのだ。
そう思いたいし、そう思われるのは心外だった。
計らずにも少し機嫌が低下しているのをわかっているのか(恐らくわかっていない)慶次は笑顔を惜しげも無く披露して、佐助の背を思いきり叩いた。
いきなりの後ろからの衝撃に思わず咽る。
息を吸い過ぎて逆に咳が止まらず、苦しい。
それを気にする素振りも見せず、慶次は楽しそうに口を開いた。
「ならさぁ、行こう、遊びでさ!な!ぜーってえ楽しいって!」
止まる様子を見せなかった咳がピタリと止まった。
むしろ息が止まるかと思った。
何を言い出すのかと思えば、この男は絶対俺が忍だと言うことを理解していない。
忍が遊びになど行けるわけがないだろうに。
重い溜息をひとつ吐く。
しかし、この男が言うと、本当に宣言通り、絶対楽しくなるのだとどこかぼんやり思った。
「佐助ーっ!」
遠くで呼ぶ主の声が聞こえて慌ててその場を後にする。
いつものように甘党の彼の茶の時間だった。
己の意識はもうすでに、真田の忍、であった。
忍の耳には傾舞伎者の溜息も、もちろん聞こえていたけれど。
あーあ、ちゃんとわかってくれよ、これでも誘ってるんだ、
旅行
2006.8.27
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