可能性がある限り
ある晴れた日。
強引かつ大胆に、我の主は人が通りそうもない鍛錬場近くの庭へ俺を呼び出した。
「好きでござる佐助!」
「は?……はぁ。」
「はぁではござらん!佐助!お前はどうなのだ!」
つい気の抜けた返事をした俺を真田の旦那は真っ赤な顔で叱る。
真田の旦那のことを好きかって?
上司に嫌いと言えるツワモノがいたら見てみたい。
いや、それを抜きにしても俺は旦那を嫌っているように見えるのだろうか?
「そりゃま、好きだけど……ってやだなぁ、こういうのは大将とやりなよ」
言葉にしたら足元から熱が這い上がるような感覚が昇ってきた。
何かあってもそれを表情に出さないことはできるけど、でも今もしかしたらうっすら頬が染まっているかもしれない。
つまりは恥ずかしいのだ。
それを誤魔化すように、髪の毛をガシガシと掻く。
「お館さまと?」
「旦那はいつもこんなことしてるから慣れてるのかもしんないけど俺は慣れて無いの」
「うむ?」
わかっていないのになんとなくで頷くのはやめてほしい。
大体こんなこと、面と向かって言う事じゃないだろう。
真田の旦那とお館様は少しでも集まりがあると大声で名前を呼び合い。
普段でも何かある度に、二人曰く愛の殴り合いを始め、好きだからこそ!と叫ぶ。
普通の人間なら好きという感情を表に出すのは恥ずかしいことなのだ。
それは俺の感覚がおかしいんじゃないよな?
「それに、こんな誰もいないところで言い合ってるのみたら誤解されちゃうでしょうが」
「何が誤解なのだ?」
きょとんとした顔で見られる。
この人は感覚がおかしいんだな。
小さく溜息を吐いて、だからと続けようとした言葉は次の一言で引っ込んでしまう。
「某、いま、佐助に愛の告白をしている」
はっ?
「佐助、好きだ!!」
「いや、いやいやいや。ちょっと待ってよ」
思わず引いてしまった身体を、旦那は離さないと言わんばかりに俺の肩を掴んでいる。
旦那の腕の長さの分だけの二人の距離。
「冗談でしょ?」
今なら何とか笑い話にして、ただの冗談ということにできる。
嘘だって言ってくれよ。
「冗談なわけが無かろう。好きなのだ!佐助!!」
真っ直ぐに見つめてくる旦那の目を見返せない。
あぁ、本気なのか。
真剣な真田の旦那、不器用だけど真っ直ぐ伝えてくる。
こちらも真面目に答えるしか無いようだ。
深く深く吸い込んで溜息を吐く。
「ごめん、旦那。俺、そういう気は無いよ」
「……そうか」
すぐ傍で目に見えるほどに落ち込んだ顔を見せる。
そんな顔させるために俺はいるんじゃないのに、胸がずきりと鳴った。
今、何を言っても傷つけることしかできないような気がして何も口に出来ない。
「某のことは嫌いか?」
小さく問われる。
「嫌いなわけ無いよ、始めに言ったでしょ」
「そうか!!」
「へ?」
パッと上げた顔は、恐ろしいほどにこやかで。
むしろ晴れ晴れしいいつもの真田の旦那の顔をしていた。
「ならば某、佐助を諦めたりはせん!!」
「はぁ!?」
ちょっと待て、どうしてそうなるんだ。
「可能性がある限り!諦めることは男の恥ぃ!!!」
「え、だん…」
「では佐助!某、今からお館さまと遠出なのだ!」
後ほどな、と大きく手を振って背を向け走り出す。
「お館さまあぁぁ!」
大声で叫びながらお館様の元へ走り出すその姿はいつもと同じなのに。
今日に限ってどうしてこんな…、と呆然と思う。
しかし、気付いた事実に冷や汗を流す。
「って、ちょっと待て!旦那!遠出なら俺が付いて行かなきゃ駄目でしょ!!」
急いで後を追いかけながら、「可能性なんて一つも無い」と言えばよかったのかと考える。
しかしそれも違う気がして、モヤモヤとした気持ちのまま地を蹴った。
いや、しかし、本当にどうしてこうなったんだ。
旦那にことだから明日には忘れてたりしてね。
−終−
可能性がある限りぃぃぁあ!
2005.10.10
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