夜も更けて聞こえるのは微かな虫の音と梟の声。
屋敷の中は静まり返り、もう寝る時間なのだと誰とも無しに伝えていた。
その一室の前では、まだ部屋が明るいのだろう、廊下に淡い光が漏れていた。
「いい年して、格好悪いなあ」
「う、うううう、五月蝿い!!」
二つの声が聞こえる。
其処は真田幸村その人の部屋だった。もう一つの声は彼の部下、猿飛佐助。
いつものような会話を繰り広げられている。
夜、そして布団の上でするようなものではないが。
しかしその二人の様子は色めき立つようなものは一つも見えない。
ならばどうして、
「怖いなら聞かなきゃいいじゃないの、怪談なんてさ」
「こ、怖いけど聞きたいのだ!」
理由はこうだった。
武田信玄ことお館様が夏で暑いのを何とか涼しくしたいと怪談大会をすると言い始めたのだ。
強制はせず、ただ話をしたいもの、聞きたいものだけが集まれと言ったそれにお館様を敬愛する幸村も進んで参加を表明した。
が、幸村は怖い話が苦手だった。
佐助が止めるのを聞かず結局最後まで居座った。
お館様を含め、屋敷の者は満足して、さっさと部屋に戻ったのだ。
しかし、幸村はその場から動けなくなった。暗い廊下が恐ろしいと言って。
溜息を隠さず吐きながら佐助が付いてやって部屋まで来たはいいものを、
「一人で寝られなくなるなら聞きたいとか言わない!」
「う、うぅ…」
今度は眠れ無いと来たものだ。
明日は早くからお館様と遠乗りに行くと前々から言っていた。
だから眠らなくてはいけない、しかし眠れない。
そこで幸村が頼ったのが、佐助というわけだ。
どうか添い寝をしてほしい。一緒に寝てほしい。
そんな主の願いに、佐助は呆れられずにはいられなかった。
寝付くまで傍にいるという条件を許さないという幸村に、折れるのはいつものように佐助。
ひとつしか無い布団は、佐助が取りに戻る間一人になるのが嫌だという幸村のせいで。
諦めを含んだ溜息をひとつ吐いて、佐助はさっさと幸村の隣に潜りこんだ。
掛け布団を胸まで掛けてやり、ポンとひとつ叩いた。
「はい、もうおやすみ旦那」
火をフゥと消し、真っ暗になったところで佐助も布団に納まった。
さっさと寝るに限る、と佐助は目を閉じる。
「佐助………」
名を呼ばれ、気だるげに目を開ける。
目でそちらを見ると、幸村がじっとこちらを見ていた。
そして布団の上に出ていた手をそっと佐助の手に向かって伸ばす。
「………手」
繋いでくれ、と無言で語る。
佐助は目を見開いた。
しかし幸村は支局真面目な顔で、冗談だろ?と言えなかった。
「あーもーハイハイ」
夜になっただけで何度吐いたかわからない溜息を吐いて、真田幸村その人が望むように手を掻っ攫った。
そしてぎゅうと握ってやる。
いい年して恥ずかしく、目も同じようにぎゅうと瞑る。
「おやすみ、佐助」
満足したのか柔らかい声が聞こえ、佐助もつられたように微かに笑う。
「おやすみなさい」
伝わる暖かい熱に、佐助の眠りはあっという間に訪れた。
幸村がその後、佐助をチラリと眺め、目を細め笑ったことなど気付けるはずも無かった。
ああ、恐ろしい恐ろしい、だから頼む、さすけ
夜の奉仕
2006.7.31
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