苦痛を含んだ声が部屋に響く。
「おま、マジで、近い、って!」
ダンテは全身全霊の力を腕に集中した。
それは身を守るためでもあり、精神の苦痛から開放されるためでもある。
気色は悪いがこの際、腰に廻っている手は無視。
それよりも、もうここまで迫っているものをどう防ぐかが問題だ。
「何故拒否をする、俺はただお前と向き合いたいだけだというのに」
原因が口を開く。
その口調は恐ろしく冷静であり、ダンテはより一層背筋を寒くさせた。
「嘘つけ、アンタ、それ以上なんかするつもりだろ」
そうダンテの身に迫っているもの、それは双子の兄バージルであった。
ダンテよりもまともで真面目と思われていたバージル。
どこからおかしくなったのか、その兄は弟に愛の全てを注いでいる。
言葉はもちろん態度でも、変態に近い行為でさえ平気でやってのける。
ダンテはもちろん、死んだ父や母でもこうなるとは思っていなかっただろう。
少なくともダンテは兄のそんな態度に驚きと同時にショックを受けたりもした。
今はともかく昔は兄を慕っていた、その兄が実はそういう意味で自分を見ていると知った時と言ったら。
そんな弟の心情を知ってか知らずか、今日もこうして兄は仕掛けてきている。
「何か、とはどういうことだ?」
問われて言葉に詰まったのはダンテだ。
真面目な顔でそう言われてしまうと、何だか自分が過剰のように感じてしまう。
確かに、日々異様な考え方に走るのバージルに過敏になっている節はある。
「ただ視線を合わせたいと思うのはそれほどいけないことなのか?」
眉間に皴を寄せて言われてしまって、ダンテは無意識に身を引いた。
目を合わせるというものは別におかしいことではない。
それだけならそんなに言うことでも無いか、ダンテは徐々にそんな思考に動いている。
だが、ダンテは自分が流されているとは気付いていない。
ストンと力を抜いたダンテを見て、バージルの指先がピクリと微かに動いたのを彼は知ることができなかった。
「……ホントに何もしねえだろうな」
じろりと鋭く疑いの目を向ける。
「何故?何をすると?」
「わかった、今回だけだからな。もうこんな気持ち悪ぃことは勘弁だぜ?」
完全に抵抗をやめたダンテに、バージルは頷く。
やけに近いのはダンテが抵抗の手をやめたから、そしてバージルは腰に手を廻したままだから。
今更そのことを思い出したダンテも、了解してしまった後で言い出しにくいのか顔を歪めるだけで何も言わない。
その間もバージルは遠慮なんてものをすることも無く、ダンテの長い銀の前髪をするりと上げた。突然の掌にビクリと体を固くさせる。
「な、何もすんなって」
「何もしていない、目が見えにくいのだから」
これぐらい仕方ないだろう、さも当然だと言わんばかりに言ってのける。
無造作に伸ばされた前髪の中に蒼い瞳が二つ現れる。
バージルと似て非なる色が困惑に染められている。間近で覗かれるというのはあまり気分のいいものでは無い。
それが鼻先が付きそうなくらいとなるとその気分も更に。
我慢だ、と自分に言い聞かせてダンテはただ視線だけで俯き押し黙る。
一回だけ、そうすればこの妙な行動をする兄も諦めるはずだ。
「ほら、ダンテ。お前がこちらを見ないと意味が無いだろう」
わかってる、と呟いて大きな溜息と共に瞳をバージルに戻した。
その瞬間。
あ、と呟く暇も無くそれはすでに訪れていた。
視界の中は藍でいっぱいだ。
唇に触れた低い温度と有り得ない感触。
何秒も経ったように思われたその感覚は藍の瞳と共に離れていった。
徐々に意識が戻るダンテは、それと同時にカアと顔に血を昇らせる。体を震わせ、手にも力が入った。
「て、めえ!何もしねえって言った!」
握った拳は目の前の男に向かって大きく振り被られた。
「約束はしていないな」
しかし予測していたのか、慣れた様子でひらりと避けて見せた。
ダンテの一発は掠めることも無く宙を舞う。
さらりと言ってのける無表情の兄に、ダンテは自分が担がれたことを知る。
やはりこの男は信じられない。変態は変態だ。
悔しさと惨めさと怒りで震えるダンテを見て、バージルはいやらしく笑って見せる。
「据え膳という言葉を、お前は知らないだろう」
ああ、二度と心を許すものか。
案外あっさりと騙されてしまっていた自分の貞操に危惧を感じこれからが何故か不安になった。
見つめあい、惚れあい、愛しあい…うまくいくか、
見つめあい
2006.4.11
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