夜が明ける。
靄が橙の明かりでゆっくり晴れて行くのを見上げて息を吐いた。
白く煙った空気は一瞬で消えてしまう。
………あと少し。
他の人と連れあうわけでは無く、慣れた手裏剣を手の中で回してその時を待つ。
ふいに隣りにいた赤がふるりと震えたのが伝わって、目を移す。
「旦那、大丈夫?緊張してる?」
無敵の真田幸村は戦前はいつもそうだった。
二つの槍をその手に持ち、じっと遠くを見つめ静かに体を震わせる。
それは恐怖、とはまた違う本当のところを言うと緊張ともまた違うような気がした。
でもあえてそれを口にはしなかった。
「していないと言えば、嘘になるかもしれん」
真っ直ぐな目が見つめてくる。
先ほど何も無いところを見つめていた顔は若干緩められていた。
戦をまるで楽しむかのように駆ける旦那より、冷たく真っ直ぐと戦を消えていく命を見つめる旦那が何より恐ろしかった。
そんなときは意識をこちらに向けさせ、その状態から抜けさせること。
死の淵にこの人を持ってやらせたりはしない。
「しかし、必ずお館さまの手に天下を」
熱い瞳が見えて、ほっと息を吐く。
まったく。らしくない旦那は好きじゃないよ。
「死ぬなよ、佐助」
真剣な瞳に笑いを返す。
「旦那が居て、俺が死ぬわけないでしょ」
忍らしく無い返答。
けれど、この人はそういう自分の方が好いていることを知っていてそれを選ぶ。
早く死ぬかもしれない、いや、死ぬのだろう。
「それは某にも言えることだ」
俺も、この人もそれを知っていて戯言を交わす。
いつ死ぬかもしれない時間がもうすぐやってくる。
静かな朝を二人迎えながら笑ってこれで最後と唇を寄せて。
そうしてふたり やさしく、やさしく、
キスを交わす
2006.1.6
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