ルフラン




「好きだ、佐助」

それはいつもの繰り返し。 別に、どうってこと無い。
この人の好きは、その辺の犬猫が好き、団子が好き、そういう類だから。
だから俺は「はいはい」と答える。

「本気だぞ」

嘘だったら悲しいじゃないか。
そう笑うと旦那は顔を歪めて不貞腐れたようにする。




「お前から聞きたい」
「何をです?」
突然そう言われて、珍しく読んでいた書物から顔を上げた。
「いつも、某が言うばかりだ」
好きだ、と。
ぽかんと間抜けな顔をしてしまう。
そんなこと要求されるなんて思いもしなかった。
何でこちらにそれを求めるのかがいまいちよくわからない。
首を傾げると、彼は更に不機嫌そうな顔を見せる。
「もしかして……好きでは無いのか?」
「そんなこと無いよ」
嫌いなわけがない、いい主だと思うし尊敬もそれなりにしてる。
それに嫌いだったら忍の仕事だけさっさとやって、こんな傍で寛いだりはしない。
そんなことわかっていることのはずなのに、何故聞きたいなんて。
「言ってほしい」
強くそう言われて、溜息を吐くしか無かった。
結局は俺はあの人に甘い。
本当に望まれるなら、俺は否と言う術を持ってはいないのだから。
「はいはい、俺もアン」
「待て、こちらを見ろ佐助」
視線を向けていた書物を取り上げられてしまった。
正面から向き合って言う言葉じゃないような気がするんだけど。
目線をちらと向ければ、これまた生真面目な顔をしてこちらを見ていた。
まったく、もう。
しょうがないので、崩していた体勢をシャンと座りなおす。
体の向きをそちらに向けて、目を合わせた。
期待の目が、わくわくと俺の言葉を待っている。
もう一度、溜息を大きく吐いた。
「俺は、アンタが……」
「幸村、だ」
「…そうだね。真田の旦那が……」



「どうした?佐助」
言葉が出てこなかった。
なんだ、目が見られない。
簡単な言葉だろう、言えよ、言っちまえ。
台詞は溜めれば溜めるほど言いにくくなるというのに、喉から出てこない。
大体、何で俺はこんなこと言わなきゃなんないんだ。
好きだなんて。
「旦那を好き…」
好き………俺が、旦那を?
「佐助、顔が赤いが…」
「失礼します!」
覗き込まれたその顔から避けるように、身をその場から消し去った。
佐助!そう呼ぶ声が聞こえたが情けない今の姿を見せられる度胸は無い。




「嘘だろ…」
俺って、旦那のことが好きだったの?
熱い熱い、顔が熱い。
顔を隠すように手で覆う。
こんなことで自覚するなんて。



いつもの繰り返しのはずだったのに。







   −終−







奏でていた告白は、それだけで留まることも無く




2005.12.10