理性の限界




今日は珍しく就寝に入るのが早かった。
闇の中、荒い息遣いが聞こえる。
それはこの部屋の主のはずの、自分の息では無い。
ダンテは目を開けるのが恐ろしい、と感じてその目に映すより先に武器に手を掛けた。
ベッドの横に立て掛けて置いた魔剣アラストルが宙を切る。
いや、獲物は確かにそこにあったはずだったのだが、それは相手の動きも素早く捉えることができなかっただけだ。
生暖かい空気と共に、耳元で聞こえていた音が無くなりダンテはやっと上半身をベッドから起こした。
「うるせえんだよ、バージル!」
間違うことも無く、ダンテは一人の名前を呼んだ。
そして当たり前のように、その名の男は剣を避け壁に寄り添うようにそこに立っていた。
「無防備なダンテが隣りにいて、易々と寝ていられるわけ無いだろう」
気持ちの悪いことに、実の双子の兄であるはずのバージルは弟に求愛なんてしている。
キスをしようとするのは当たり前。
こうして、気を張っていないともしかすると襲われる危険だってある。
同じ身体のどこに欲情するのかわからないが、見る目が異常なことはわかっている。
「アンタと同室になった覚えが無いぜ」
その通りだ。
家には不本意ながらも、一緒に住んではいるが部屋は別のはず。
付いていなかった鍵を、買ってきてまで掛けた。
なのに、何故兄がここにいるのか、ダンテは溜息を吐かずにはいられない。
普段は事務所に置いてあるはずの魔剣だって、手放すことだってできやしない。
ダンテは大きく項垂れて、ふと、手元の剣を見た。
そうだ、と小さく呟く。
「アラストル、バージルを阻止できたらキスしてやろうか」
アラストル、と呼ばれた剣はその剣の形状からふわりと人型に戻る。
神父のような、悪魔のような姿、魔神アラストル。
「マジ…!?」
「マジマジ、大マジ」
戸惑うように問うた言葉に答えると、パッと顔を輝かせる。
初対面でダンテの身体にぶっ刺さって来たアラストルは、バージル同様彼を好いている。
主のことを好きなのは当然だと言い張るアラストルに、じゃあスパーダは好きだったのかと聞くとそれは別と答える。
ということはただの物好きなのだ。
しかし、バージルと違うところはまだ手に負えること、言うことを聞くこと、可愛いと思える部類に留まっていることだろう。
キスをするというだけで喜んで言うことを聞いてくれる、なんてお手軽な悪魔だ。
「頑張れアラストルー」
軽い応援を投げかけると、アラストルは尻尾を高く上げて更に喜んだ。
反対に、バージルは歯を合わせギリギリと唸る。
「おのれたかだか剣の分際で弟の唇を奪おうなど…!」
自分でさえ簡単に出来ないキスをこの悪魔はやってのけようとするのか。
「奪うんじゃない、マスターからしてくれるんだ!」
その通りな言葉なのだが、その事実がバージルの血をまた熱くさせる。
「更に口惜しい!死ね!!」
「なにすんだよ、この!鉄仮面男…!!」
片刃の剣を容赦無く振るうバージル。
それをギリギリで避けながらアラストルも雷の力を持って反撃する。
互いの本気と本気がぶつかり合う。
狭い部屋がギシギシと唸り、窓ガラスは今にも割れそうなほどビリリと震える。



戦いを続ける二人を尻目に、眠気の覚めたダンテはさっさと外支度の用意を進めていた。
「さーて、いくかリベリオン」
そしてこれもまた愛刀のひとつであるリベリオンとエボニーとアイボリーを掴む。
おぞましい音が聞こえる家の奥を一瞥して、外に繰り出すため家のドアを閉めた。
あんな奴らに構ってなんていられるか。
このままでいて、俺が殺さないとも言えない。それなら勝手に殺しあってろ。
彼らしくない思考。そう、ダンテは非常に疲れていた。







   −終−







理性の限界だって、それはお互いだろ。




2005.12.10