酔い醒まし
リンリンと外の虫が五月蝿い。
風も無く、穏やかな夜だった。
奥州の奥地の屋敷で、伊達政宗は一人酒を啜っていた。
月の綺麗な夜だというのに、障子を閉め切り閉ざした部屋で蝋燭の明かりの中、一人。
静かにただ、淡々と盃を進める。
「……何でしばらく来なかった」
ポツリと呟くのは独り言にしては大きすぎ、誰かに問いかけるような響きを持っていた。
彼の他に、誰もいない。
そのはずの畳に、軽い足音と共にひとつの影が現れた。
緑の衣装を身に包み、腰元には大きな手裏剣。
真田の忍、猿飛佐助だった。
「戦続きだったんだよ、何、伊達の旦那酔ってる?」
敵だというのに、殺す目的では無いと主張するようにその愛武器を畳に下ろす。
その額当ても外し、勝手知ったると言わんばかりに腰を下ろし、政宗に近付く。
佐助が傍らで覗き込んだ顔は赤く染まっている。
「No、酔ってなんか無ぇ」
「酔ってるじゃん」
呂律も少し廻っていない。
その様子で酔っていないと堂々と告げる政宗に、軽く苦笑いを漏らした。
「寂しかった?」
ピクリと肩を揺らしたのを佐助は見逃すことはしなかった。
政宗はバツが悪そうに盃に残る酒を飲み干す。
佐助はするりとその肩に指を添える。
「素直に言ったら慰めてあげるよ」
政宗は目を見開き、佐助を見つめた。
佐助は、ふふと悪戯に笑う。
「寂しかった?伊達の旦那」
「…………寂しかったに決まってんだろ」
ぶっきらぼうに小さく、それでも素直に答えを返した政宗に佐助は微笑む。
手を伸ばして頭を軽く撫でてやる。
屈辱なことのはずなのに、政宗は不機嫌そうにしながらも逃げなかった。
「ホント、旦那が酔うなんて…どれだけ飲んだのさ」
酒に酔うなんて、佐助の覚えている限り無いことだった。
「Don't worry、俺が酔うのはお前だけだ」
「なにそれ」
おもしろそうに笑う。
口説いてるつもりの政宗は、更に不機嫌そうにして見せた。
瓶から新しく酒を注いで、ぐいと喉に追いやる。
息を吐くと酒臭い。
近場の佐助が嫌そうに眉を寄せた。
「ちょっと、醒ました方がいいんじゃないの?」
窓でも開けようか、とその場を離れようとする佐助の手をグッと掴まえ捕らえた。
突然後ろに引かれた佐助は、倒れそうになるのをなんとか抑えて振り返った。
蝋燭の火に照らされた政宗の目がギラリと光る。
「抱かせろ、佐助」
鋭い瞳に佐助はゾクリと這い上がる感覚を覚えた。
それを少しも出さず、苦く笑う。
「それじゃもっと酔っちゃうでしょ」
冗談めかした口調を、政宗は許さない。
ジッとただ見つめ、強く言い放つ。
「醒めなくいい、お前に溺れたい」
真っ直ぐな言葉と、真っ直ぐな瞳に、佐助は眩しいものを見るように目を細める。
それから、未だ掴んで離されないその手にそっと片手を添える。
ゆっくりと視線を上げて、
「俺も、あんたで溺れさせて」
返した言葉が言い終わる前に、その場に佐助は押し倒される。
それから熱い抱擁とキス。
二人は縋るように抱き合いながら互いに酔っていくのだった。
−終−
夜はふたりに酔いながらそれでも刻々過ぎていく
2005.11.25
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