夢物語




城の庭の裏のそのまた裏。
誰もいないひっそりとした場所。
山に面している分、木々は深いし距離は遠いしで人は来ない。
しかしその静けさを気に入りよくここに来ていた。
それに人が居られてはできないこともあるというのもあったからで。
ごくり、と唾を飲み込む。
「さ、さ、佐助っ!そ、そそ、某は…」
作った握り拳にはすでに汗をかいていた。
顔も思いのほか熱い。
「某は……っ!」
その先の言葉が出てこない。
喉の辺りで詰まっている感覚。
ざわざわと風が鳴り、時間はゆっくりと過ぎるが、言葉は出そうにも無い。
「……駄目だ…」
溜息と共にその場にへたり込むように腰を下ろした。
「どうして言えないものか、一言であるはずなのに」
練習だというのに、まともに言えた試しが無い。
此処へ来て、何度も何度も練習した…が・まだ一度も言えていない。
大事な一言が口を付いて出ないのだ。
こんなことでは本当に言えることなるのはいつの日か。
大きな溜息が漏れる。
どうしたものか、と目を閉じて頭を項垂れた。
気持ちを伝えるだけなのに、言葉に乗せるだけでは無いか。
「佐助……」
そう名前を呼ぶと、アイツはきっと。
なんです旦那。
優しく笑って振り返る。
その映像はまるで今見ているかのように目蓋に浮かんで流される。
もういくつも見ている光景。
それなのに非常に鮮明だった。
「佐助、大事無いか?」
ええ、俺は元気ですよ、そういう旦那は?大丈夫?
「問題無い」
気遣う佐助が好きだった。
瞳は優しく、声は暖かく。
佐助の隣だと、笑みがついつい漏れてしまうのだ。
「佐助…」
そんな彼が好きだった。
「…………佐助」
「なんです旦那」
心地よい声。


「お前を好いている」


言えない言葉は思いのほか、さらりと口を付いた。
それが自分にも意外だった。
あんなに思い悩んだ台詞であったのに、喉に引っかかっていたというのに。
なんだか言えたことが晴れ晴れしかった。
なんだ、某も言えるではないか。
顔を明るくして、重かった頭を上げた。
これでまともに、練習くらいはできそうだと意気込んで風を浴びたその瞬間。
その瞬間のまま、顔も体も、鼓動でさえもピタリと止まった気がした。
「真田の旦那、それホント?」
腰を屈めて見ている人物が一人。
それは今まで意識の中で見ていた人物で、その言葉を言おうとしていた人物で。
「………佐助?」
名を呼ぶと、目の前の忍はふわりと笑う。
「他に何に見えるの」
本物……
本物の、その、猿飛佐助。
そう理解できるのにしばしの時間が掛かった。
「それより、旦那、ホントなの?」
「え……?」
何が。意味がわからず首を傾げる。
「え、じゃないでしょ。だから、旦那…俺のこと好きなの?」
言葉が頭で繰り返される。 俺のこと好きなの、って。
「え!?」
呆然と佐助を見つめるが、佐助は目で返しその先は何も言わない。
頭の中に反芻していた言葉が意味を持つ。
全身から汗が噴出し、手が震える。
見開いた目は、空気に触れすぎたのかカラカラするし、喉も痛い。
何故佐助が某の気持ちを知っているのか。
先程の告白、まさか…
「聞いていたのか!?」
「俺に言ったんじゃないの?」
聞いてるのは当たり前でしょ、佐助は続ける。
それは、そのような気が、する。
しかしあれは、練習なのであって、告白とは…
そう、言うときは夕焼けの綺麗に見える丘や花の溢れる林の中やもっと良い場所で。
まず告白なんて考えてはいなかったのだ、だってそうだろう、一度も言葉にできなかった気持ちであるのに。
どうしよう。
どうすればいいのかわからない。
無かったことにすれば良いのか、無かったことにして佐助は納得してくれるのだろうか。
嘘では無いのに、偽らなければならないのか…しかし佐助との仲を悪くするのだけは嫌だった。
その間も佐助はずっとこちらの言葉を待っている。
どうしようかとなおも視線を彷徨わせていると、小さい溜息が聞こえた。
ビクリと肩を震わせてそちらを見ると、佐助が呆れ顔をしていた。
「ねえ。旦那、俺は好きなのかって聞いてるんだけど」
答えられない。
またあのときのように言葉が喉に詰まって出てこようとしない。
佐助がまた大きく溜息を吐いた。
「本気だったら、嬉しかったんだけどなぁ」
そう言うと、佐助は立ち上がり背を向けて姿を消した。
は?
理解ができていない、どういうことだ。
足が地に縫い付けられたように動けない。
本気だったら嬉しかった…?
それは、それは、ということは。
「さ、佐助ぇ!!!」
答えがひとつしか無いことに、急いで駆け出した。
佐助の影はもう一つも見えなかったが、彼を見つけられないなんてことがあるわけが無いと自信を持っていた。
これは夢か?
いや、夢だとしても掴まえればわかることだ。
震える心をなんとか沈めて、今は走ることに意識をただ向けるのだった。







   −終−







夢?都合が良いのだろうか。




2005.11.25