無理矢理




何日にも掛かる外の忍仕事を終え、佐助は戻って来た武田の領地で安堵の息を吐いた。
生きて帰れたことと、やはり自分の安心できる土地だということ。
真田の屋敷へ足を運び、善意で割り当てられていた自室の障子を開けた先、見えたものにぎくりと体が揺れた。

「どこへ行っていた、佐助」

彼が主、真田幸村その人だ。
普段戦場で見せる力のある色も、無邪気さが残る明るい色も微塵も感じさせない瞳がふたつ、蝋燭の光りに照らされながら静かに燃えていた。
「どこって、仕事で…潜入捜査」
「何処へ」
強い口調が言葉を遮る。
言ってはならぬと頭の何処かで響く。
元々この任務は内密に、武田信玄その人に直接伝え実行に移したものだった。
人払いをして呼ばれたこの度のことは、真田幸村には伝わるはずの無いものだった。
仕事であるし、何も主である相手に隠すことは無い。
しかし、どうしても唇が震えてならなかった。
「ど、こって、奥州伊達………痛っ!」
「誰が行けと命を下した」
双槍を扱えるだけの力がふいに手首を掴んだ。
容赦の無い、強さがギリリと食い込む。
痛みに顔が歪むのを抑えられなかった。
「旦那……」
怒り、怒りだ。
「お前は某のものであろう?」
物扱いをするのを嫌っていたはずの男が言う言葉じゃない。
佐助は鳥肌を立て、身を引いた。
誰が化けているわけでは無いようなのに、何故か殺気に近いものをも感じさせる。
得体の知れない恐怖。
半ば無意識に手から逃れようと身を捩らせた。
ふわりと殺気が強くなり、離れようとした体はより近付くこととなった。
「勝手することは許さぬ」
ギラリと光る強い負の感情と上に立つものの台詞。
佐助は目の前が白くなったのを感じた。
欲が入った申付け、それは自分が知る真田幸村とは掛け離れたものであったからだ。
「申し訳、ありません」
背に嫌な汗が垂れるのを感じながら佐助は部下らしく頭を下げて謝った。
瞳がゆらゆら揺れていた。
幸村はそれを満足そうに眺めると掴んでいたその手をそのまま佐助の頬に触れた。
「わかってくれれば良いのだ、佐助…愛しておるぞ」
うっそりと微笑む。
佐助は己には逃げることも断ることもすでにできないことを知った。
ただ受け入れることしかないとただ一つの選択肢が薄く笑いながら手招いたのを歪んだ視界の中で見たのだった。







   −終−







そんな、そんな、そんな…




2005.11.18