魅惑




二人で町に出るのは久しかった。
外に出たい、と幸村が何度も言うものだから佐助が渋々頷いた。
あまり来ない場所である所は珍しく、ふらふらと店や町並みを見て歩いていたところだ。
「あの、幸村様、佐助様…?」
突然後ろから声を掛けられ、幸村も、佐助も振り返る。
そこには非常に可愛らしいといえる女性が一人立っていた。
桃の綺麗な着物、きちんとしたその身なりから町娘より女官のように見えた。
「む、どうした?」
笑顔で迎える幸村に、女は乙女らしくおずおずと、頬を染めながら上目遣いに口にした。
「美味しい茶屋が御座います、その、ご一緒してくださいますでしょうか」
それは謙虚ながら愛らしい誘い。
幸村はパッと顔を明るくする。
「おぉ!それは素晴らしい!是非、お供しよう!」
甘いものが好きなことは官ならば誰でも知っているようなことで。
佐助は、ははぁと思った。
この女は真田幸村という人が好きらしい。
旦那はそれなりに人気がある。
頼もしい限りの力、容姿だって爽やかな青年と見える。
熱いのを抜きにすれば人懐っこいし親しみを持てる。
人を引き付けるものを持っているはずなのに。
問題があるとすれば…
「では佐助、一緒に…!」
この女心に鈍いということか。
「俺は今から大将んとこ。呼び出しくらってるの」
「?そんなこと聞いておらぬが…」
それはそうだろうと佐助は明後日の方を向く。
でっち上げだ。
そうでもしないと、折角この気弱そうな女性が声を掛けたというチャンスをふいにしてしまうことになる。
ただでさえこの男は女と出会おうとはしないし、恋のこの字もする気配を見せない。
しかしこれは。
……うまく気が合えば奥方になるかもしれない。
旦那みたいな突っ走る人には世話焼きで、気の効く三歩後を歩くような子があっている。
見た感じ、この女性は悪く無い、とても温和そうにも見える。
佐助は未来、嫁を貰う幸村を想像して、素直によかったと安堵の息を漏らした。
首を傾げている旦那は置いておいて、佐助はくるりと幸村に背を向けた。
「旦那、ちゃんとこの子護ってあげるんだよ」
「あ、ああ…って佐助?」
頭だけを向けて言ってやる。
不思議そうな声は無視。
「じゃあ後ヨロシクねえ」
これはあの女性に。
彼女は気付いたのか、え、と小さく声を漏らしたのが聞こえた。
あとは聞かず、此処を離れる。
地面を蹴って、木々を伝い走るとあっという間に遠ざかる。
遠くからちらりと盗み見ると、女は赤い顔を隠すように伏せている。
旦那は変わらずなのが難点だが、まぁなんとかなるだろう。
「まったく、初々しいなぁ」
佐助は微笑ましい、と笑う。
いい相手さえいれば、きっと旦那だってきっとその気になるさ。
それだけの魅力はあるお方だ。
ひとり、うんうんと頷くと自分が吐いた嘘のために空いた時間を潰す方法を探しに出ることにした。



「……本当に鈍いお方で御座いますねえ、残念です」
「……あれは某のだ、手を出すで無いぞ」

二人は此処には既にいない、魅惑的な人物を想って同時に溜息を吐いた。







   −終−







一番魅惑的なのは誰だってこと




2005.11.21