魔物
気持ちの良いまどろみ。
波のようなふわふわした感覚にそのまま身を寄せようとしていたときのことだった。
「ジル、バージル」
隣りのベッドに寝ていたはずの弟の声がする。
ひっそりとした音を抑えた声が、おれの名前を何度も呼ぶ。
「どうした、ダンテ」
うとうと眠りにつこうとしていた意識をなんとか覚醒させ、ダンテへと向き合った。
弟は体には少し大きすぎる枕を抱き締め不安そうにベッドの傍らに立っていた。
こんなことは少なからずよくあることなので驚きもしない。
「あ、あのさ」
「なんだ、また眠れないのか?」
言葉を濁している弟に先の言葉を続けてやる。
「こわい話は眠れなくなるからやめろと言ったろ」
「うっさいなぁ」
魔人スパーダの息子でありながらダンテは酷くゴーストの類いを怖がっていた。
人間の念というものが怖いのだと言う。
攻撃ができない、そして何より姿も念も人間だというのが引っ掛かっているらしかった。
俺にはとうていわからないことだったが。
弟は顔を赤らめ、悪態を吐きながらも俺のベッドへと潜り込んだ。
「バージルとねるのがすきなんだよ」
呆然としているこちらを尻目にダンテは早々に寝る準備に入っている。
「おやすみ、バージル」
ピンクに染まった頬を隠すようにシーツに潜り、目だけちらりと見せる。
無意識に、引かれるように頭を優しくポンポンと叩いてやると、ダンテは目を細めて笑った。
ザワリ。
身体のどこか、奥のほうが静かに騒いだ気がした。
「……?」
安心したのかそっとダンテの目蓋が落ちる。
目を閉じるとあっという間に寝息を立て始めた弟。
闇の中できらめく髪と、おさない寝顔。
ザワリ。
またどこかで何かが騒ぐ。
「………なんだ?」
不思議に思いながらも眠気は徐々にやってきて、思考を止めてしまう。
勝てるはずのない眠りに誘われて、寄り添うようにその身をシーツに埋めた。
そうしてそのざわめきのことも忘れ、ダンテの待つ眠りの中へ落ちていくのだった。
その魔のものに気付くことも、今は無い。
−終−
それはちいさなおはなし
2005.11.18
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