鬱血
夜。
場内はそれこそ静まり返り、夏虫の音と火の弾ける音しか聞こえない。
見張りが過ぎた頃、甘寧は廊下に降り立った。
うまい酒を、と黄蓋に呼ばれ部屋で飲み始めたのは良い物の、散々酔って絡んだ挙句、年のせいか、彼はさっさと眠りについたのだ。
そのまま留まっても仕方ないので、部屋に戻ろうと足を忍ばせたとき、足音が聞こえそちらに目を向ける。
闇から音と共に現れたのはよく見知った人物の影。
パチリと燃える音に反応してか、伏せていた顔を上げ、嫌な顔をする彼とは反対に、甘寧は一瞬楽しそうにした顔を少しばかり歪めた。
「何だぁ?そんなに着込んで、どっか行くのか?」
「相変わらずうるさいねぇ、アンタは」
夜の廊下に響くのを気にしてか、より嫌そうに顔を歪める凌統。
彼の服装は、夜にはあまり相応しく無い、お堅い格好だった。
着物を何重にも着込み、引きずるほどの下布を履いている。
城内で、しかも夜更けに着るには不自然である。
どこかに行く、と思っても不思議は無いだろう。
「俺がどこへ行こうと勝手でしょうよ」
溜息と、ウンザリとした表情で、相変わらずに見やる。
「それとも何か。俺はアンタの許可が無きゃ何にもできねぇっつのかい」
「本当はそうしてもらえるとありがてぇんだが」
凌統に仲間以上の感情を持ち合わせているらしい甘寧は、気持ちを少しも隠そうとはしない。
皮肉った冗談交じりに放った言葉も、真面目に答えられては次が出ない。
ストレートに伝えられることに慣れていない凌統は顔を引きつらせて、その真っ直ぐとした視線から目を逸らす。
「・・・・・・寝るんだよ、悪いか」
しばらく黙っていたが、どうせ逃げられないと諦めたのか口を割る凌統。
「寝る?そんな格好でか?」
「こんな格好じゃあ悪いか」
明らかに意外だという顔をする甘寧に彼は顰めてみせる。
「そういうわけじゃ無ぇんだけどよ」
てっきりどこかへ出掛けるものだと思っていたのだから言葉が出ない。
寝るにしては、どう見ても厚着だ。
冬でもあるまいし、着込んで寝る気温でも無い。
納得できないのは仕方ないことだと思える。
それがわかってか、凌統は小さく口を開く。
「・・・冷えるんだ」
彼は、体を冷やす性質だったのか。
少なくは無い時間を一緒にいて、初めて知りえたことに素直になるほどと呟く。
「わかっただろ、もう行くからな」
その様子を見て、弱みを握られたと思ったのか、凌統は早口で言い放ち、足を踏み出す。
「あー・・・ちょっと待て」
機嫌が時間が経つに連れ、悪くなる凌統を気にもせず、引き止める。
「あ?」
怪訝そうな顔を見せる凌統に、小さな筒の入れ物を取り出し、差し出した。
「・・・これ、やるよ」
「何だよ」
「漢方」
薬だってことくらい、見ればわかる。
わざと言っているのか、と凌統は声を少し荒げる。
「そうじゃなくてだな、何でお前が俺に」
「早めに直してもらわないと」
「あぁ?」
体が冷えて、戦線に支障が出るわけでも無いというのに、何故そんな心配をされなければならないのか。
そんなことを思う凌統の肩をいきおいよく叩く甘寧。
「お前にはいい子産んでもらわなきゃなんないからな!」
目つきの悪い目元を緩ませて、笑う。
呆気に取られている凌統をその場に置いて、笑い声を上げながら背を向け、廊下の奥へと消える。
「オイ、甘寧!!」
引止めの言葉を出しても、すでに姿は無く、いつも通りの静かな城内。
近くの火がまたひとつ音を出す。
一人で突っ立ちながら、未だ理解ができずその場から動けない凌統は手の中の袋を呆然と見やった。
「・・・・・・子?どういうことだ」
−終−
鬱血→冷え性。
からだは大切に。奴は本気だと思う。
2005.03.24
|
|