媚薬
じわじわと。
気付かないうちに、体内は支配されている。
今の自身ほど頼りの無いものは無い。
「バージ……ルぅ」
闇の中で甘ったるい声が聞こえる。
紡がれたのはよく知った自分の双子の兄の名前。
呼んでいるのは、他でも無い自分自身。
荒い息遣い、だらしなく開いた口からは透明の糸が伝う。
見下ろしているふたつの目が、身体を舐めるように見てから薄く細められた。
「ダンテ、ここか?」
下肢でバージルが巧みに動いているのが体からはっきりわかる。
女を抱いたことはあったが、これほどに繊細に、相手を気遣う男はまずいないと思う。
早急に、そして時に焦らしてゆっくりと。
じゅくり、抉られるような、擦られるような。
「ん、んん…」
感じるのは快感。
痛みや苦痛なんて感覚はもう無い。
この身体は気持ち良いもので出来ているのではないかと思わせるほど。
いやらしい水音。
ただ鼻に掛かった喘ぎ声を漏らす自分。
どうなっているのかわからない、こんなにも乱れているのに冷静な自身はここに居て。
兄と、そんなことになるなんてと思っているくせに
「バージル、バージル」
甘えるように、助けを求めるように名前を呼ぶ。
まるで幼い時に戻ったようだ。
不安のままフラフラと手を差し伸べ、背に縋る。
それに応えるかのように、覆いかぶさる兄は優しくそして甘く名前を囁いてくるのだ。
「ダンテ…」
脳は一気に覚醒する。
シーツを握り締め、その感触が先程までのを夢だと知らせていた。
部屋の明るさと、見慣れた染みの天井に安堵の息を漏らす。
「どうなってやがんだ、クソ」
早い鼓動と荒い息。
悪魔たちとの盛大なパーティの後でもこんなにも汗はかかないというのに。
熱っぽい、気だるい。
夢は夢で、いつもすぐに忘れてしまうことである。
家族を襲う悪魔の夢は、あれは夢と言っても過去だ。
それ以外は非現実なものだし、気にすることは無かった。
しかし、昨夜の夢は違う。
いや、昨夜だけじゃない、最近同じ夢を見るのだ。
この夢はもう何日も何日も続いている。
それは、母を目の前で殺されるいつもの悪夢ではなく、それと並ぶぐらい性質の悪い悪夢。
自分が男とヤッているなんて、それの相手が、よりにもよって実の兄。
考えられ無ぇ、兄貴と…そんな、絶対無い。
非現実なことのはずなのに、やけにリアルで。
それに比例するかのように身体は熱くなり、ダルさも抜けない。
ゾクゾクと這い上がる悪寒、まるであの快感を思い出すかのように身体がふるりと震えた。
おかしくなってしまったんだろうか。
疲れて帰ってきても、この夢を見て飛び起きる。
冷や汗、疲れ、ダルさ、そして熱さ。
眠れない。
性欲を晴らせば楽になるだろうけれど、兄との夢を見て女とヤるわけにもいかない。
ひとりでなんて考えられ無い。
早く、早く夢から開放されたい。
そうじゃないと…
「………ハ」
漏れる熱い息を、指を噛んで抑える。
コンコンと控えめにドアをノックする音が聞こえる。
「ダンテ、起きているか?そろそろ飯だが」
突然聞こえた兄の声にギクリと体が張る。
「あ、ああ、わかった!すぐに行く!」
まだまだ篭り続ける熱をなんとか追い出そうと、窓をいきおいよく開け放つ。
スラム街とはいえ、新しい空気を胸いっぱいに吸い込むと気合を表すように頬を叩いた。
部屋から、狭いリビングに顔を見せると、そこには白いシャツに身を包んだバージルがそこにいた。
別にいつもと同じ光景であるはずなのに、ドキリと胸が弾んだ。
それを知らないバージルは、無愛想な顔を少し緩ませて俺を迎える。
「おはよう、ダンテ。どうした?顔色が悪いようだが」
「ああ、あんま眠れなくてな」
眉を寄せて珍しく心配そうな顔を見せる。
その真っ直ぐで揺るぎ無い瞳を、見返すことができなかった。
すると、冷たいものが目の前を過ぎる。
「そうか、無理はするな」
バージルの顔が近い。
いくらか体温の低い掌。触れられている額が熱い。
ただの家族のスキンシップなのに、どうしてもあの夢に繋がってしまう。
辿るように、いやらしく触れるあの手と。
「ダンテ」
今のように優しく、でも強く強く呼ぶあの声と。
あの夜の中で己を組み敷いていた存在と。
駄目だ。
「心配無ぇ。それより飯にしようぜ!腹減った!」
いつもの笑みを作って見せる。
バージルは少し眉を寄せ、疑うような顔を見せたがそれについてもう触れて来ることはなかった。
二人分の食事を着々と用意する兄の後ろ姿を見て、ホッと息を吐く。
まさか、弟が兄とSEXしていることなんてバレるわけにはいかない。
イカれちまったなんて思われたくない。
何とかしなければ、何とか。
そうじゃないと……
『いつか、アレを本当にさせてしまいそうだ』
渦巻く欲と、すぐにでも甦りそうな快感をグッと抑えていつものダンテを装う。
バージルに笑顔をひとつ送ると、テーブルに置かれたスープに「いただきます」と口を付けた。
「よく食べろ、ダンテ」
毎日バージルが作る『お手製スープ』
それを頬張る実の弟を見て、口の端を上げて美しく微笑んだことを、悩みを散らす弟は知らない。
−終−
あとすこし。
2005.11.07
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