熱視線




滅多に使わない剣や槍。
それは忍だから、クナイや手裏剣の方が使い込んでいるからという理由。
身体がそれに合わせて作られていないものだから、速さ重視の体に武器の重さは耐えられない。
佐助は、異国から伝わったという軽い剣を手に、じぃと眺めていた。
細く、薄くバネのあるような剣でそれこそ重さは随分と軽い。
空を切る度にヒョンと音が鳴る。
柄に布のような紐のような、鮮やかで長いものが付いていて動かすたびにそれが揺れる。
突然、伊達が佐助に押し渡したものだった。
「珍しい物手に入れたんだ。佐助に似合うと思ってな、持ってきた」
戦うでも無く、亡命でも無く、ただ甲斐へ来た。
随分と真田と佐助…主に、佐助を気に入っていた伊達は、気まぐれに佐助に近寄った。
今回も、ただ佐助にコレをということで敵国まで来て、居座っている。
おとなしくしているのなら別に良いか、という理由で放っている武田軍もどうかとは思うが。


さわさわとそよぐ陽気の中。
伊達政宗は真田幸村と共に、縁側に座り、じぃとひとりの人物を見ている。
「佐助…!そ、その、に、にあ」
「What a beautiful!…綺麗じゃねえか、佐助」
「は?ハァ。そうですかねえ」
いつもの額当てと忍服とは違う、袴のような軽装でいる佐助。
上質な白が印象的である。
鮮やか過ぎる茶の髪は、後ろで軽く結わえていた。
そして手には細い剣。
その姿は珍しくあまり知られていない者でも異国を感じる雰囲気が出ていた。
別にこんなことを、と佐助は渋ったが、推し進める伊達と幸村に溜息と共に折れたのは佐助で。
そうして今、広い庭でいつもと違う服、そして普段の双武器を置き、クナイを置いて立っていた。
「俺が見立てただけあるな」
政宗は佐助にするりと近寄ると、顎を指先でくいと上げた。
鼻先が当たりそうな距離である。
「だ、伊達殿っ!佐助から手を放すでござる、はれんちな!」
幸村は慌てて、手を大げさに振りながらふたりの間に割って入る。
掛けていた指を弾かれて、政宗はムッと眉を寄せた。
「ハレンチだぁ?そりゃあてめえだろ、urchin!」
「ずるいである、伊達殿!異国語を使うなんて…何て言ったでござるか!」
「勝手に調べろ」
まるで子供の喧嘩に、佐助は溜息をついて制裁を入れる。
「はいはい、どうでもいいけどちょっと離れてよ」
別にやらなくていいならいいんだけど?
そう続けるとふたりはぐぅと黙ってしまった。
すごすごと縁側の元の位置へ追いやられ、視線を合わすことなくどっかと座る。
佐助はまた大きく息を吐くと、意識を目の前の武器へと移した。
落ち着いてきた頭の中、もう一度息を深く吐くとキッと瞳を据える、そして剣をすらりと天に掲げる。
まるで、体が覚えている。
そんな風に佐助は宙を切り、空を突く。
剣と体が繋がっているような滑らかで、それであってキレのある動き。
形は武道のような、それでもふわりと揺れ、それは近く例えるなら舞い。
踊りを舞っているように剣を振るう。
「Fo!That's great!」
伊達政宗はヒュウと歓声を上げた。
その隣の幸村はただ、ぼうっと佐助を見つめる。
何だかそれは美しいのに、妖艶で、惹き付けられるものがあった。
偶然立ち会った城の者や、通りすがりの兵さえもその魅力に取り付かれている。
その視線に縁側の武将二人はムッと顔を顰めたが、その時間さえ惜しいと目を戻した。
周りに負けるものかと、より食いつくように視線を向ける。
他の者が見ているものより多くのものを。
一番に佐助を見ているのは、自分だと。

ひらり、ひらり。
色、色の布紐が動きから少し遅れて宙を踊り、弧を描く。
時に円を造り、流れて線を造った。
高く腕を挙げ、足を躍らせ、ふわりと動くのに、剣は鋭く光る。
音さえも無いのに、まるで琴の響きでも聞こえてきそうだ。
誰もがうっとりと彼の者眺めている。
しかし、誰もが今、踊り舞う彼と世界にふたりきりのようにも思えていた。
伏し目がちの佐助の瞳が、ふと色を取り戻し、困ったように歪んだ。
「旦那たち。ごめん見るのやめて」
くるくると剣を回してからその手を止めた。
「何故だ?」
勿体ないと顔に書いた幸村が不機嫌そうに問うた。
佐助は苦笑いを浮かべる。
「あのね、いくら俺でもそんなに見られちゃ気になるの」
なんだ、もう終わりかと集まっていた人の波はやがてバラバラと散っていく。
それを見て、佐助は小さくフと息を吐いた。
「綺麗なものを見ちゃあいけねえなんて罪だろ、佐助」
「大体、何で某たちだけに言うのだ!沢山人はおっただろう!」
幸村は自分たちが咎められたことが気になるらしい。
伊達もそれに便乗して「そうだ」と言葉に乗る。
妙な張り合いを覚えてはいたが、見ていたのは自分達だけではない。
観覧者が呼んだわけでは無く集まって勝手に見ていたのには腹が立ったが、更に己たちだけが怒られる覚えも無い。
剣を肩に担いで、佐助は大きな溜息と呆れの目を向けた。


「アンタたちの視線が一番気になんの」


やっぱり似合わないものはやるもんじゃないね。
佐助は言い放つと、剣の血を払うように大きく宙に振りかざした。
二人は、どうした反応をしていいのか複雑で、一度目を見合わせると互いに眉を寄せた。
そして後々、剣で舞う佐助は噂になる。
広がれば広がるほど、強くなる視線がここにあることも、本人もそして佐助も今はまだ。







   −終−







これも忍の仕事ですかね?




2005.11.04