盗まれたもの




佐助、と呼ばれればその場に降り立つ。
天井からひらりと降りれば、軽装であるお館様がそこに腕を組んでいた。
「呼んだ?何か用かい、武田の大将」
「うむ、実はな」





「旦那が恋ねえ」
まぁ、お年がお年だし。
そういう年頃でもあるだろ。
しかし、武田の大将も難しいことを言う。

『幸村の心を盗んだ相手を探して来い』

直接聞きゃあいいんじゃないの、大将が相手ならすぐにでも言うでしょうよ。
そうは言ったもののあの親父はそれを認めなかった。
俺は、旦那を探しながら甲斐の領地をウロウロしている。
情報も何も無いもんだから旦那の後を着けなきゃいけないことになるんだろう。
何だって主の色恋だのを探らにゃならんのよ。
「まったく、忍使いの荒いこって」
はっきり言ってやる気は無し。
このまま真田の旦那を見つからなかったーということで報告とか、駄目かな。
旦那ったら、どこかお嬢さんとこにでも転がりこんでるんですよとかなんとか。
大体、こんな森の中に旦那なんているわけがない。
見つけることができなかったらその恋のお相手なんてもっと見つかることが無い。
綺麗とは言えない道々を歩いて、心に決める。
時間を潰すだけ潰して「見つからなかった」これで行こう。

「佐助ではないか!」

……なんでこう、会っちゃうかな。
目の前に真田幸村。
こんな森の中で何してんの、ホント。
しかもこっちが見つかっちゃあ付けるなんて無理だし。
「真田の旦那…何してんの、こんなとこで?」
「いや、森の中で新しい武器を試しておったのだ」
「はあ、そう」
逢瀬でも無いわけね、何て色気の無い。
「今から休憩するつもりだったのだ、佐助もどうだ?」
風呂敷包みを目の高さに上げ、にかりと笑う。
そんなことを言われれば断る理由も無く、お言葉に甘えることにした。
「佐助は?何をしておったのだ?」
調度、草や花が茂り見晴らしの良い丘に二人腰を降ろした。
真田の旦那はさっそく風呂敷から二、三の団子を取り出し口に頬張りながら問う。
ガキみたいだな、と思いながら布巾で口元についた餡子を拭ってやる。
「俺は、ちょっと、野暮用の…その、帰りでね」
「そうか」
嘘を吐くのは申し訳ないが、大将に言われたこともサボろうとしていたことも言えるわけは無く。
旦那は少し怪訝な顔を見せたが、すぐに団子に目を奪われ思考は飛び去ってしまったようだ。
急いで食べたら喉を詰まらせるぞ。
思った通り喉に痞えさせたようで、水の入った竹筒を渡した。
こんな単純馬鹿な人、調査するまでも無いと思うけど。
そうだ。どうせなら聞いてしまえばいいのではないか。
バレるわけなんて無いのだし。
うん、そうしよう。その方が楽だと決め込むと、さっそく疑問をぶつける。
「旦那って想い人いないわけ?」
ブハッ。
間抜けな音と、その後咽る声。
いきなり吐くなんて汚いなぁ、ダラダラ垂れてるじゃん、ああもう。
「な、な、何故いきなりそのようなことを?」
「あー、ホラ。年でいうと恋のひとつやふたつしていてもおかしく無いでしょ?」
拭きながらそれとなく、話を進める。
顔を真っ赤にして「ああ」だとか「うぅ」だとか妙な声を出す。
この反応を見る限り好きな相手がいるというお館様見解は間違ってはいないわけだ。
「それで、どんな人なの?可愛い?」
街娘だろうか、それとも屋敷の者か。
ぐぐ、と珍しく言葉を詰まらせている真田の旦那。
なんだか、小さな子供のようで可笑しい。
「ホラ。言ってみ?」
優しく目を覗き込んで言ってやると、クゥと小さく唸った。
それからポツリ、ポツリと語り始めた。
「……やさしい」
へえ。何より大切なことだね!
「それから……きれいだ」
ほぉ、これは意外。旦那って可愛い系が好きだと思ってたけど…
「面倒見も良くて、」
それは家庭向きな子だ。良い奥方になりそう。
「料理もうまくて、」
うんうん、旦那は御飯が大好きだから、そういう子が合うに違いない。
「心も広くて、」
「それで?」
「いつも傍にいてくれる」
次々と上げられていく惚気という賛美の言葉。
真田の旦那がいうのだから物凄く良い子なんだろう。
なんだか嬉しくなってきて「次は?」と彼の想い人のことを聞き出す。
しかし、それとは反対に旦那は俯き、フルフルと拳を震わせていた。
そして突然、


「佐助の大馬鹿者――――っ!」



立ち上がり、そう叫ぶと、新しいという槍を引っ掴んで丘を真っ逆さまに駆け下りていった。
「へっ?何で?」
意味がわからず、ただ旦那の走り去った後を見て呆然とするだけだった。
隣にはまだ食い差しの団子がいくつも残っていた。
旦那にしては珍しい、団子を残すなんて。

こんなとこに幾らもいてもしょうがないので、屋敷へ向かう。
そうすると報告をしなくてはいけないわけで…
寄らなきゃなんねえのか…。
そう思っていると、廊下でバッタリとお館様に出会う。
「して、どうだった?佐助?」
来ると思ってた。
「えー…よくわかりませんでした」
頬を掻きながらそう言うと、大将は呆れた顔を見せ、それからハァと息を吐いた。
「大馬鹿者じゃな、佐助」
「え、何で!」
それ旦那にも言われたんだけど!
そう言っても大将はこちらに振り向きもせずそのまま去っていった。
何だ、何なんだよ。
取り残された俺はまた首を捻るだけだった。







   −終−







で・結局旦那の心を盗んだ相手ってのは?




2005.11.04