吐露
言っておけばよかった。
ずっと前からいてずっと一緒だった。
あるときは友のように、兄弟のように、母や父のようでもあった。
諌めることを躊躇せず、褒めることを恥ずかしがらず。
何があっても文句の一つも言いながらそれでも付いていてくれた。
それは当たり前で、そしてこれからも当たり前に続くものだと思っていた。
それが恋心と名を変えても。
好きだった。
好きだった。
家族愛、主従愛、どれもこの気持ちには当てはまらず、珍しく悩んだりもしたものだ。
あるとき、佐助が任務に出ているとき、これを何だと女官にこっそり聞いた。
「幸村さま、それは恋で御座いますよ」
と女は柔らかく笑った。
始めこそは否定もした気持ちだったが、年を負うごとに知った。
いつか、いつか言うものだと。
佐助は笑って「なにそれ」と。
呆れたように、困ったように笑って、それでもすぐ傍にいてくれて…
「あぁ、ホラ。旦那、突っ込み過ぎ」
何でこんなことになったのだったか。
カシン、と鉄が軽く鳴った。
武田の訓練場に佐助がふわりと飛び、手持ちの武器で剣をひらりと避ける。
「Ha!!戦は押して押して押し倒すものだろ」
異国の発音で六本の剣を繰る。
「アンタの頭は真田の旦那と同じなのか?」
「……気をつける」
くるくると笑う。楽しそうに。
冗談を交わしながら本気の殺し合いなんかではない、訓練を二人で楽しむ。
何故、敵軍である伊達政宗が甲斐の武田軍にいるか。
先日、伊達正宗が甲斐の武田に降った。
頭を下げて降伏した。
勝気の強い、何かに縛られるのを一番嫌っているだろう人物だけに皆驚いた。
しかし武田を揺るがす程の力。
仲間にすることに渋った武将や仕官の前に出て佐助は、伊達を庇うように頭を垂れた。
佐助が何かを頼むことが珍しく、ましてやお館さまや某以外に頭を下げたことに目を剥いた。
忍が頭を下げることに価値など無い。
むしろ何を考えているのだと強く佐助は叱られたのだ。
それでも引かなかった。
ただ、伊達政宗の前で頭を下げて動かなかった。
佐助が何かに必死になることと、このままでは申し入れた佐助までも罰を受けることに焦った。
それほど願いが強いならば力になってやりたい、だって彼は某の大切な者だったから。
「某からも頼む、伊達殿を受け入れてくれ」
先程まで渋っていた者たちは己が口を開くとあっさりと納得した。
お館さまは、元より反対はしていなかったので強く頷いてその場は終わった。
「ありがとう、旦那」
深く頭を下げた佐助。
震える声でありがとうと何度も口にしたのを覚えている。
普段佐助からの小言は貰うものの、礼を言われる機会など無く、妙に気恥ずかしかった。
伊達殿は約束を違える者では無かったし、それに何より佐助が庇うほどの男だ。
裏切る心配など無いだろう。
そのときは、これで良かったと思った。
しかし、今の現状はどうだ?
楽しそうに笑う佐助。
「動きが鈍いんじゃないの、伊達の旦那」
悪態を吐きながらも本気じゃない。
伊達政宗もわかっていて、悪態で返す。
「Shut up!うるせえなァ」
人を楽に斬ることのできる武器を互いに振り回しながら、斬る気などまるで無い。
佐助は伊達殿に付きっきりだ。
戦のときは忍隊として活躍はする、しかし任務以外ではどうだ?
今までその位置に居たのは誰だ。
こんなに近くまで来ているのに、こんなに傍にいるのに、佐助は気付かない。
気配なんて読むくらいわけのないはずの男が、己が主人に気付かないなんて。
今は、ただ伊達政宗のことを考えているのだろう。
冗談を言い合い、じゃれて。
…しかし時折、目を合わすと照れたように笑うのだ。
大体、何故佐助は頭を下げた。
何故そこまであの大将を護った。
どうして敵だった奴とそこまで仲良くできる。
主よりも、大切だとでも言いたいのか。
いっそあのとき、口添えをしなければ。
そこまで考えてハッとする。
何を、思っていたのだ、某は。
何の滞りも無く、多くの人がお館さまに付くことはむしろ良いことのはず。
力も十分にあったほうが良いし、皆が幸せになるならそれで良いはずなのに。
なのに、なんだ、これは、この気持ちは。
こんなに黒い感情が己の中にあるなんて。
あぁ、本当に、いっそ言ってしまえばよかった。
そうすれば少なくとも、こんな自分に気付くことも無かったはずなのに。
−終−
感情に名を付けるならば、
2005.11.04
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