いのり




どれだけ祈ったって、どうにもなりゃしない。

「死ぬときゃ死ぬんだ」



出陣が決まった夜。
甘寧が「お前が死なないように祈ってやる」なんて言うもんだから。
無神経な奴だってことはわかってる。
悪気があったわけでも無いんだろう。
…そんなこともわかっていた。
でも、どうしても、父のことを思い出されて、どうしようもなく悲しくなったから。
「死ぬときゃ死ぬんだ」
そんなことを言った。
あの時、祈ったんだ。
死ぬな、と死んでくれるなと。
口には出さなかったけれど、あの朝だって無事を祈った。
でもそれは叶わなかった。
まさか、その仇相手に身の心配をされることになるとは。
つい苦笑を零してしまう。
呆気に取られているのだろう、甘寧の横を通り過ぎる。
いや、過ぎようと、した。


「痛ーッ!てめっ、何すんだよ!」

後ろでひとつにまとめた髪をいきおいよく引かれ、体はその場に止まる。
明らかに犯人の、その手の先の男を睨みつける。
いつもの必要以上に熱いだけの目は、今は静かにこちらをじっと見つめてくる。
そのいつに無く真面目な顔に、言葉が詰まる。
「俺は死なねぇ」
「あ?」
何を言うのかと思ったら。
突然の言葉に眉を寄せてしまう。
「俺は死なねぇってんだ」
肩を掴まれ、ぐっと顔を寄せられる。
真剣な甘寧に、思わず体が固まってしまう。
引くことを許されない身で、その目を見返す。
「……わーかった、わかったよ」
耐え切れずに、顔を逸らし、息を吐く。
掴んでいる男の手を、何気なく外すと同時に距離を取る。
その様さえも食い入るように見つめてくる、視線でわかる。
俺は、こんなこと苦手なんだけどな。
一度大きく息を吸い込み、腕を甘寧に向かって上げる。


「死ぬなよ、甘寧」


「おう!お前もな!」


腕を合わせるように、ガシリと重ねられる。
そしていつもの憎たらしいほどの顔で笑う。



またお前のこの顔に会えるって、祈るだけ祈ってやってもいい。
どうにもなりゃしないことも、お前ならなんとかなるなんて思ってしまう自分もいるんでね。







   −終−






いのることをもう、忘れたと思ってた



2005.03.14