手を、伸ばして




夜を共にするのは何も昨日、今日、始まったことでは無かった。
気持ちが通じ合ってから、何回目か。
それでも両手に治まるほどなことは確かだが。
チロチロと細い蝋燭の光の中で、佐助は普段の飄々とした様子からは想像を離れた色気を放つ。
いつもは隠している肌は青く、白く闇の中で光っている。
踊るように大きな武器を手に敵を狩る姿も綺麗だと思うが、これほどまでにこの忍を美しいと思うことは無い。
「あ、は…っ痛…ァ」
痛みに堪えながら弱さをかもし出す姿は、戦でも、もちろん屋敷内でも見られない顔で、何だか背筋がゾクリと這い上がる。
急所だという喉を晒し、身に持つ武器は何ひとつ無く、ただただ己を受け入れる。
啼かせたいと思うし、泣かせたいとも思う。
もっと乱れる様へと、追い詰めるようにただ夢中で佐助を食らう。
一心不乱で、何刻も経っているのを気付かずにただ時が過ぎるのが常。
余裕など、一滴も無いが、それでも一つだけ。
ずっと気になっていることがある。
「佐助…」
「ん、ん、ん…」
名を呼んだことにも気付かず、目をしっかりと閉じ眉を寄せている。
必死に押し殺している声が、また心をかき乱すが、なんとか抑えた。
「佐助……佐助?」
ヒタヒタと頬を叩くと、薄茶の目が色を見せる。
赤い顔と、とろんとした目でこちらを映した。
「は、い?どうしまし、た、旦那?」
途切れ途切れの声と、小刻みに反応を見せる身体。
それを見て、一層、気持ちは、そのただひとつの事柄にぶち当たる。
「手は、某に伸ばせ」
いつだって、この行為のとき、佐助の手は布団を掴み、畳に跡を残す。
指先が真っ白になるほど必死に。
気持ち良いのか悪いのか、怖くてそんなことは聞けはしないが、聞いた話大層痛みがあることは確からしい。
ならば。腕を回し、その細い指をこちらに掛けてほしい。
佐助は、とろけた目を一度ぱちりと大きく閉じて、困ったような色を浮かべた。
「え、いいですよ、だって」
「いいから」
無理矢理にでも腕を引っ掴み、背に回させる。
こちらからも抱きしめると、ふたりの距離は何倍も縮まることに、嬉しさを覚えた。
いつも、抱きしめても佐助の手は違えた方向へ伸びていて、抱きしめあう形では致したことは無かった。
抱きしめながら腕の中を覗き込むと、佐助は相変わらず困ったような、疑うような顔をして見せて、納得はしていない様子。
背中に感じる手にも力など入れてはおらず、ただ乗せているだけという状況。
素直に言うことは聞かないらしい態度に、少しムッとしてしまう。
そうしてまで渋る理由はわかっていた。
この愛しい忍は、遠慮しているのだと。
「…旦那……ッア!」
文句事は聞きたくなくて、言葉の途中で大きく動いてやった。
隠すことができない声、鼻に掛かった声と切ない顔に抱きしめる腕を強くした。
断続的に佐助の口端から漏れる音と、いやらしく混ざり合う水音。
収縮を繰り返す佐助の中は、熱く、快感を引き出してはどろどろに溶かしてくる。
動きに合わせ体が反射的にずり上がるのを防ぐためか、それとも無反応にか、佐助は背中に強く縋る。
しがみ付いて、その身をただ無防備に揺らす。
視覚、聴覚、何もかもで佐助を求めてしまう。
気持ち良い。
戦とは、また違う。満たされる。
あぁ、色に溺れる者の気持ちがわかるかもしれない。
そのとき。
「…ッ!」
背中に痛みが走った。
しまった。つい声を出してしまった。
顔を顰めたこちらを見て、佐助が忍の顔を覗かせる。
また、佐助は。
回していた手をすぐさま放し、その手を迷ったように宙に泳がせていた。
良い顔をしていたのに、勿体無い。
顔を赤色から青に変えて、うろたえている佐助は、情事だというのに忍だ。
「旦那、旦那ごめん、やっぱりやめ」
「いいのだ」
自分の元に引き寄せようとしている手を掴み、先程のように回させようとした。
気にするなと言っても聞かないのだろう。
抵抗を見せ、敷き布団を掴もうと手を彷徨わせた。
背中に傷が付くことを、この『真田忍隊の長』は気にしている。
真田幸村という武士であること、だからか。
忍とこういうことになった痕を残したく無いから、だとか。
女では無いから、そんなところだろう。
そんなことで、手を伸ばすことを躊躇っている。
「手を……、佐助」
「でも、だから」
食い下がろうとしない。
でもこちらだって下がるわけにはいかない。


「嫌だ、佐助が某以外に縋るところなんて見たくない」


ぽかんと佐助が間抜けな顔をしてみせる。
「布団に抱かれているようではないか」
口を尖らせて言い放ってやる。
指先を白くして、動きからも痛みからも、快感からも逃げる先はただの布団だなんて。
佐助はきょとんと目を丸くしてから、目を細くして笑う。
「旦那…妬いてるんだ?」
あまりにも楽しそうに笑うものだから、いきおいよく突いてやった。
一際高い声が響く。
「ん、ハ……あ、旦那ァ」
佐助は自らするりと手を伸ばし、その手は背中へ。
諦めたのか、納得したのか。 しかし、満足した自身にその先を考えるなんてできるはずも無く。
後はただ、激しく揺らし、佐助の中を食らい尽くす。
染まった声と、色づいた顔と、己を求める最奥と。
そして、佐助が縋る唯一の背中。痺れる痛み。


幸村しかいない、とその指で紅く刻んでくれ。







   −終−







「あーもーやっぱり駄目だ、やめときゃよかった」
「何を言うか。男の勲章であろう?」
「俺も男な場合どうすればいいのさ」




2005.11.04