太陽が沈むまで




時は夕刻。
空も、川も、茜色。

「佐助、手を繋ごう」

何度目かの言葉を紡ぐと、目の前の忍は眉を寄せ口をへの字に曲げた。
嫌がっている意思表示は、何回経ってもいつもと同じ。
「やだよ、何かあったとき素早く反応できないし」
「またそれか」
そう来るだろうと思ってはいたが、つい溜息を吐いてしまった。
佐助はくるくる手裏剣を回しながら興味無さそうにしている。
理由はいつも同じだ、忍の仕事。
手を繋ぐと、もしものとき遅れるから。何回聞いても返答は同じだった。
飛び道具を使う佐助にとって手を塞がれるというのは厳しいことなのだろう。
しかし。
「別に、差はたかが何秒、気にすること無かろう」
「その何秒で真田の旦那が死んじゃったら意味無いでしょ」
くるくると指先で踊っていた物を今度はそのまま隠してしまった。
それから何言ってんの、と重い息を吐いた。
そうは言っても、こちらだって諦めることでは無い。
「何かある前に気付けば問題無いだろう」
近くに危険があるのに佐助が察しないわけ無いはずだし、一応武士なのだしこちらもそんなに鈍くない。
提案すると、グ、と佐助が声を詰まらせている。
パクパクと口を何度も動かして、困ったように眉を曲げた。
どうやら優勢のようだ。
「で、でもね、旦那」
「佐助」
なおも続けようとする声を遮るように名を呼ぶと、びくりと反応を見せる。
その反応が可愛らしくてつい口が緩んでしまうのを、なんとか掌で抑える。
俯きがちな佐助を覗き込むように見やる。
「某と手を繋ぐのは嫌なのか?」
真っ直ぐ佐助を見つめる。
佐助はというと目を右へ左へとうろうろ見回す。
それから困ったように見返してくれる。
「い、嫌じゃ、無いけど」
嫌ではないのか、それでは。
「ならばそれで良かろう」
笑って手を取る。
佐助が、あっ、と小さな声を上げたが気にしないことにした。
一度手を取ってしまうと佐助はそれから何も言わなかった。
手を引いて先を歩き出すと、始めこそ足をもつらせたが並んで歩くのに断っては来ない。
こっそり隣を覗き見ると、口を尖らせ相変わらず困ったような顔をしていた。
赤い髪が少し揺れる。
……なんだ。なんだ、そうか。
拒まれていたから少し、本当に嫌なのかと少し心配した。
「また手を繋ごう、佐助」
空に向かって笑いながらそう言うと、繋いだ手を少しだけ握り返してくれた。

あかいな、空も。







   −終−






せめて太陽が沈むまで




2005.10.17