するり
伊達軍の屋敷縁側。
伊達の頭は部下が持っていた盆を受け取る。
盆の中には湯のみがふたつ。
人を下がらせた後、誰もいないはずの茂みに向かって声を掛けた。
「おい、真田の忍。いるんだろ?」
いるのはわかっていると断言される。
どうやら出て行かないわけには行かないらしく、隠れていた木から飛び降りた。
「ちょっと、これじゃ潜入の意味無いじゃん」
堂々と伊達の大将に姿を見せて、しかも真昼間。
バレてるのも忍として最低なのに、少し挫けそうなんですけど。
「気にすんな。それより茶するからお前も来いよ」
「だから俺は」
「ホラ。飲め。菓子もあるぞ」
さっさと腰を下ろして茶碗を差し出した。
その態度は戦のときとはまるで違う。
刀は流石に近場にあるが、腰には刺しておらず鎧もしていない。
まるで無防備だ。
「アンタおかしいよ、会議する日をわざわざ教えたり見張り減らしたり」
罠かもしれないところにわざわざ乗り込んだ俺も俺だとは思うけど。
俺が来るかもしれないとわかっていてこんな姿を見せる伊達の旦那も旦那だろう。
「別に。知られても問題なんて無いからな。それよりホラ、茶」
しょうがなくそれを渋りつつ受け取る。
毒が入っているのではと疑いの目を向けたが、もう一つの茶を平然と啜った伊達の旦那を見て、気が抜けた。
大体俺が来てることを知らない使いの者に用意させてるのだから毒を盛ることなんて不可能か。
戸惑いながら茶を口に含む。
香の広がる良い茶だった。
「お前とはちゃんと話してみたかったんだよ」
独眼竜はそう口にすると上等な菓子を口に含んだ。
ふーん。
興味も無いので特に気にしない。
本当かどうかわからないことをまるきり信じるつもりも無いし。
隣で鋭い目が睨んでいるがそ知らぬフリをする。
ザワリ。
「ちょ、なにすんの」
服下の肌がざわついた。
手袋の無い手が急に頬を撫でたからだ。
乱暴なようで布地のように柔らかく、するりと滑るように、耳の端を掠めて行く。
ゆるゆるとそこから離れることなく行ったり来たり。
簡単に触られてしまったのは殺気が無いから。
「伊達の旦那…」
特に何をされているわけでも無いが、何だか困る。
「なんか触り方やらしくない?」
「あン?どこが」
そうしてる伊達の旦那は少し目を細めてみせる。
経験は豊富そうだから、これがこの人にとっては普通なのかも。
うちの主みたいな人と比べちゃあ駄目なんだろうな。
今の状況を放置しながらぼんやり思う。
それがいけなかった。
「ひ、ぎゃあ!」
「色気無え声だな」
冷静に聞こえる声は間近。
今、いま、だって。
「これがいやらしいってことだ、Understand?」
口の端を引いて男らしく舌先をこちらに見せて、それこそいやらしい笑いを浮かべる伊達政宗。
つい目が行ってしまった舌は、淫靡に赤い。
伊達の旦那もそれに気付いたのかペロリと自分の上唇を舐めてみせた。
心臓がドキリと大きくなる。
首筋から耳につけてを、覆い隠すように抑えた。
「わかったかって聞いてんだよ、猿飛佐助?」
突然名を呼ばれて体がビクリと震えた。
顔が熱い。
「わ、わかった!わかったって!」
手の中の残りの茶を一気に飲み干し「ごちそうさま」とだけ言うと素早く姿をかき消した。
脚力を使えるだけ使い、土を蹴り木を蹴り屋根を蹴って空を舞う。
そして指笛で鳥を呼ぶと、その足に捕まり浮遊しながらその場を去る。
とにかく遠くへ。
風を受けながら赤い顔を隠すように片手で覆った。
「ヒュウ。鳥みたいな奴だな……It's Cool!!」
伊達男は空を見やり高らかに笑った。
−終−
するりと。鳥みたいな、そう、鳥みたいな。
2005.10.16
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