こねこ




ヒュ。
鋭い刃は切り崩すはずだった肉体に掠りもせず弧を描いて手の内に戻って来た。
「Fo!おっかねぇ」
その相手は大袈裟に驚いて見せる。
異国語を使い、特徴的な兜、眼帯とくれば次の戦で我が軍と戦うはずの伊達政宗、その武将だ。
「まいったね、できれば一発で仕留めたかったんだけど」
この戦はどちらかというと押されていた。
馬を走らせ攻めて込んで来る伊達を、早いところ潰しておこうと単身で突っ込んだ。
勝てる相手では無いかもしれない。
でも、足止めくらいの傷は負わせることができるはずだ。
そう考えた結果。しかし、それも甘く無いらしい。
「Shit!舐めてくれんじゃねえの、真田忍隊。俺は簡単にはやられねぇぜ」
六本の刀をギラリと向けられる。
マズイ。
寒気が背を通り過ぎた。そのとき。
聞き覚えがある声が聞こえてそちらに目を向ける。
伊達もそれをわかったようでチッと小さく舌打ちをした。
「おっと、分が悪いようだ、今は退かせてもらうぜ」
刀を納め踵を返す。
その様子に内心ホウと息を吐いた。
助かった。
そう思ったのも束の間、身体がギクリと強張る。
目と鼻の先に、その男が、伊達政宗が迫っていた。
つい気を抜いてしまっていた。殺られる。
それさえも読んでいたかのように、伊達は薄く笑う。

「じゃあな、」




「…なに?何だよ」
呆気に取られている内にその武将の後ろ姿はすっかり見えなくなってしまった。
去り際、何故か撫でるように触れられた頬を擦る。
それから低く耳元で囁いたあの言葉。
しかし。何は無くとも、助けてもらったらしい。
嬉しいような、悔しいような。でもまだ生きている、それは嬉しいんだろう。
先ほどから小さく聞こえていた助けの声がどんどん近くなってくる。
声の主はわからないでか。
「佐助!無事か!」
息を切らして走り寄って来たのは真田幸村。主その人。
かなりの距離を走ってきたのだろう、息は弾んで顔は赤く汗を帯びていた。
「俺は大丈夫。それよりごめん、伊達の旦那逃がしちまった」
「大儀無い。また会うだろう」
真田の旦那は勝手な行動を怒るでも無く、逃がしたことも咎めるようなことはしなかった。
忍失格だ、お役御免になっても良いものだろうに。
ただ無事でよかったと肩を降ろして安心してくれた。
それが照れくさくもあり、嬉しい。


二人、戦場の終えた道を歩く。
なるべく血を避け、人目を避けてゆっくりと。
ふと、先ほど言われた言葉を思い出す。
「旦那、俺って動物で言うとさぁ」
「猿では無いのか?」
よく知った真田幸村は、問うまでも無く間髪入れずに答える。
言いたいことがあっさりわかってしまわれた。
「だよねぇ」
多少苦い笑みを浮かべてしまう。
名に猿と入っているからというのが恐らく大きな理由だ。
しかし猿飛の名のように木々を渡るのは得意であったし、嫌なんて言うわけ無い。
誰に聞いても猿、と返ってくると思ってもいる。
しかし。



じゃあな、



子猫チャン。



「伊達の旦那は目が腐ってる、と」

覚え込むように口ずさむと、伊達殿の片目のことは言うな、と横で嫌な顔をされる。
真面目な幸村の旦那に合わせるように、軽く笑う。
触れられた頬を自分でもう一度触り、次の戦で鳴いてやろうかと悪戯に考えた。







   −終−






にゃあ。なんて、ね。




2005.10.16