雨に濡れて




城の渡り廊下。
上から下へただ真っ直ぐ落ちる雨と、地面に小さな池を作る過程を眺めていた。
悪い視界の中、その雨の中から歩いて来たのは見慣れた人物で。
しかも、それはいつもと変わらない姿。

「何やってんだ?」
「何もして無ぇっつの」

何もしていない。
確かに何もしていないもかもしれないが、何もしていないことが問題だったりもするだろ。
彼は何もせずに。
ただ、歩いていただけだろう。
この雨の中。
傘も持たずに、雨宿りもせずに。
「こんなに濡れて…風邪でもひいたらどうすんだ」
屋根の下に足を踏み入れたそこで、雨からの遮断はできているが、その姿は水の中から這い出た後のようだ。
茶の髪はすでに、黒と言ってもいいくらいに重々しい色を放ち、顔を濡らす。
赤い武道服はただ重いだけの衣の鎧。
「アンタには関係無いでしょーが」
目も合わせず、小さく顔を振るった。
「関係無ぇってわけでも無ぇだろ」
こんなときに敵に来られたら。
ちらと愛用のヌンチャクに目が行ったのに気付いたのか、少し横目で睨むとまた目を伏せる。
「あーそ。じゃあスイマセンデシタ」
これでいいかい、と続ける。
興味も無い、とばかりに背を向けられた。
その足でどこへ行くつもりなのか。
「ったく素直じゃねぇなあ」
頭をガシガシと引っかくと、そのまま腕を掴んで引き寄せる。
「んだっての!離せよ!」
突然抱きしめられたことに一瞬呆けたようだが、すぐに大声で叫ぶ。
ぎゃあぎゃあといつものように暴れだす姿を見て、少し安心している自分がいるから滑稽だ。
どれだけ暴れても叫んでもキツク抱きしめた腕を緩めてやらない。
どうせこの雨音だ。誰も来やしない。
それをわかってきたのか、次第に抵抗も少なくなっていく。
「てーかアンタまで濡れんだろ」
溜息混じりにそう言われる。
「俺は水族だからな。濡れんのには慣れてんだぜ」
「あそ。なら好きにすれば」
呆れた口調で、それでも頭を預けてくる。
つい笑みも零れてしまう。
「凌統ー…」



「雨、まだ止みそうに無ぇな」


それに返事は無く、ただ小さくクシャミをした彼に、肩を揺らして笑った。
雨は真っ直ぐに、天から地へと流れる。

ふたり、今は濡れて。







   −終−






雨が降ってなきゃ、こんなことにはなってない



2005.03.14