出掛けましょう?
「黒崎サンお出かけしましょ」
二階の窓枠から身を乗り出し、さも普通の行為だと言わんばかりに堂々と言ってのけた。
雑誌を繰っていた指はピタリと止まってどこまで読んだかわからない。
「あぁ?いきなり部屋に来て何言っ……ぎゃあ!」
「さーてサクサクいきますか!」
浦原の肩に折り曲げられ引っ掛けたタオルみたいに担ぎ上げられて間抜けな声が漏れた。
「何すんだ、離せ!」
俺は荷物か!軽々とやってのけるコイツがまた憎らしい。
どこにそんな力があるってんだ。
そんなことを考えている間に浦原は、手に俺の靴をちゃっかり揃えて、もう一方で荷物を抱えて屋根と屋根を跳ねる。
初めて体験することに焦りと不安、悔しさを交えながら、ただ離せと叫び続ける。
浦原は聞こえているくせにまるで耳には入っていないかのように何も言わず楽しそうに駆ける。
柔らかな下降とコンクリートが鳴る音。
周りの景色を見る余裕なんて無いくせに、家や庭が流れて目の端に映って何か気持ち悪い。
「離せーって!っうお!!」
浮遊感からいきなりの体への痛み。
じんじんと響く頬や着いた手の痺れ、見下ろす浦原の視線でやっと地面に落とされたと理解した。
屋根から地面へ落とされたわけではないだけまだマシなのかもしれない。
抱えられての高さだから一メートルも無い。しかし。
「何すんだよ!!」
「離せって言うから離したんじゃあないですか」
靴を近い位置に無造作に落とし、懐から出した扇子を口の前に広げ言ってのける。
確かにそうは言ったが、ぐと詰まってしまう。
「…だからっていきなり」
「黒崎サンたら反応が鈍いんスねえ」
「んだと…?」
「あはは。スイマセン、図星でした?」
憎らしいことを言って、下駄を慣らしながらさっさと歩いて行ってしまう。
徐々に小さくなる背中に地面から体を引き剥がし、靴に足を通した。
「てめっ!待て!!」
「嫌っスよ、殴られちゃいますもん」
いい大人が変な喋り方しやがって、ガキかよ!
楽しそうに笑いながら歩くように走る浦原を追いかける。
こちらには殴る気はあるが、彼には殴られる気は無いらしい。
こんなやり取りも、もう何度目かになるが、浦原も俺も懲りてない。
くだらないことをただ楽しむ時間。
きっとこんなの、嫌いじゃない。
−終−
それじゃあ、出掛けられましょう?
2005.06.30
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