傍にいて






遅いですから送ります、そう言われて、男だからとは思ったが悪い気はしなかった。
ポツポツ話を見つけながらゆっくりと二人歩いていたら、もう家の前まで来ていた。
隣を盗み見るように見上げると、それに気付いた浦原が帽子の下で苦く笑ったのが伝わってきて、切なくなった。
離れたくない。

「じゃあ黒崎サン、また明日」
「あぁ。…明日」

お互い向き合って、そう言葉を交わしたのに浦原も、俺もそこから動こうとしない。
二人の間を繋ぐように繋がれた小指はまだ絡ませたまま。
夕方の、遠くで虫の声が聞こえるだけの空間。

「帰らないのか?」
「黒崎サンが家に入ってから帰ります」

笑いながら。

「入りにくいだろ先帰れよ」
「黒崎サンがお先に」

延々に終わりそうも無い会話のやり取り。
このままずっと続きそうな。
終わらせなくてはいけないのに、終わらせたくない。
でも時間は待ってくれるわけじゃない。

「じゃあ…行くから」
「えぇ」

結局それに終止符を打つのは俺。
絡まった指をするりと離した。 浦原はこちらを見つめ、じっとしている。
俺が家に消えるまで、ずっと、見送っている。
それはあと少し、このドアを閉めるまで感じる視線。
離れたくない。



「な…っ」


つい声を上げてしまったのは、後ろから少しだけドアに消えてしまうという動作を拒まれたから。
誰が、と確かめることなんかしなくていい。

「浦原…?」

振り向くと、真剣な顔が近くにあって。

「黒崎サン…もう少しだけ」

落ち着いた声が少しで寂しく響いた。

「奇遇だな、俺も」

そう返すと、離した指をもう一度取る。



あと少しだけ。















   −終−






もう少しだけ。あと少しだけ。



2005.07.21