夢の橋




「うそつき」
ダンテは起きぬけに不貞腐れながらそう言った。
起きぬけ、と言ってももう日は高い。父はもうどこかへ出かけてしまったし、母はパンケーキを焼いてくれている。
ダンテが布団から一向に出てこないからこの場を母さんに任されて、今に至る。
「ジルのうそつき」
「どうしたんだ、ダンテ」
嘘なんてついた覚えはない。
それに夜にはいつもの通りだったのに、朝になったらこれ。意味がわからない。
「バージルは、おれにうそなんてつかないっていったのに」
水色の目が揺らぐ。泣くのを我慢している顔だ。そんな顔をさせいるのが自分だということはわかって、少し焦る。
「ついてないだろう?」
「ついた!」
大きな目からポロポロと水が零れ落ちる。ぐっと唇を噛んで声を抑えている姿が痛かった。
「言ってくれなければわからない、俺はお前にどんな嘘をついた?」
これ以上泣かさないようにゆっくりと見つめて言うと、ダンテはぐしゅぐしゅと言葉を詰まらせながら口を開いた。
「だって、だって、ジル…昨日、ゆめにきてくれなかった」
「ダンテ?」
「いつも、いっしょだって、いったのに…でも、でも昨日は」
その先はもう言葉が出ないのか、あとは言葉にならない文字ばかりが喉から漏れていた。その間も涙は止まらない。
それだけでも弟の言いたいことはわかった。
馬鹿だな…そんなことを思いつつも愛しくて仕方なかった。
「ごめんな、ダンテ」
この弟は夢で会えなかったと泣く。なんて愛しい。いつでも求めてくれていると思うと嬉しくてたまらなかった。
頭を撫でてやると、ダンテは濡れた瞳で見返してくる。
「今から一緒に寝ようか」
昨日の分。
そう言うと、ダンテはきょとんとしてから訝し気に見てくる。
「でも、また、会えないかもしれない」
一緒に寝れなかったことが嫌ではなくて、夢で会えなかったのが嫌だったのだと言外に告げてくるダンテにふわりと笑んだ。
それから手をぎゅっと握る。
「だから、手をつないで寝よう」
涙に濡れた顔が、手とこちらを交互に見る。
呆気に取られたような間抜けな顔にもう一度笑みと浮かべた。
「そうすれば会えないなんてことあるわけない、そうだろ?」
堂々と言ってやる。
するとダンテは、パッと顔を明るくした。
「うん…!」
空いている手でごしごしと涙を拭い、いつもの笑顔を見せてくれる。いつものダンテに内心ほっと息を吐いた。
早く早く、と引っ張るダンテの後に続いてベッドに潜り込む。居座っていたダンテのおかげでそのベッドはほのかに暖かかった。
ころんと二人で横になり、見詰め合う。
「おやすみ、バージル。こんどは絶対だぞ」
「ああ、また後でな」
ふふと笑いあい目を閉じる。
てのひらの暖かな温もりを感じながらダンテに続いてとろとろとした眠りの中に引き込まれていった。
夢でも会おう、約束だ、ダンテ。



「あらあら」
いくら経っても弟を連れて降りて来ないバージルを心配し、部屋を覗き込んだエヴァは微笑ましく笑った。
ふたりは手を取り、同じ微笑みで深く眠りについていた。
幸せそうな表情を見て、エヴァは静かに寝室のドアを閉めるのだった。
ある、あたたかい日のこと。







   −終−







いつもいっしょ、だよね




2005.11.27