アイケン
遅めの朝食を口に、町でも出るかと着替えているときだった。
いきなりズシリと体に押しかかる圧力、重力、ひと一人分の体重。
家に住んでいるのは俺ひとりだったが、心当たりはあった。
こんなことをするのは身近でアイツしかいない。
「この…馬鹿剣、退けって言ってんだろ!」
「マスター俺、最近構ってもらってないよ、寂しいんだよ」
馬鹿剣と呼んだ人物は、かの有名な魔剣アラストル。そうは見えない図だが。
剣のときの偉そうな口調とは別に、今は、もっと愛してくれよーとぎゅうぎゅう抱きしめてくる。
抱きしめるというより、俺の背中に伸し掛かり抱きついてきていると言った方がいいだろう。
「アーラースートールー!重い!」
本当は剣だろうが、悪魔だろうが姿は人間。しかも中身はお子様なくせにガタイがいいもんだからいくら俺でも重い。
「離れろ、仮にも男の姿の奴に引っ付かれても嬉しく無ぇ!」
男に触られるのなんか冗談じゃない。それはたとえ相棒だって同じだ。
さっさと離せというこちらに反して、アラストルの腕に力が篭る。
そして情けない声を上げる。
「嫌だー!マスターが俺を一番って言わなきゃ離れない」
「何気持ち悪いこと言ってんだ!」
マスターマスターとガキが母親を呼ぶように騒ぎ散らす。
本気でこちらが言うまで離れそうにも無い雰囲気だ。
まいった。
ここで、渋るとこの後の予定に響く。妙に機嫌を損ねさすと後で面倒になるのだ。
「わーかった、わかった。お前が一番だって」
「本気で言ってる?」
力を抜いて、未だ抱きしめて離そうとしないアラストルの好きにさせてやる。
しかし、どうやらこちらの投げやりな言葉に疑っているらしい。
それなのに、期待を込めたような視線を送ってくる。
「当たり前だ、アラストル。お前以外にいねえよ」
「マスターッ!!」
嬉しそうな声。
先程とは全然違う様子でまた抱きしめてくる。
やれやれ。
どっちにしても、今日は動けなさそうだなとぼんやり思う。
魔剣のくせに。犬みたいなやつだな。
そうして愛ケンが満足するまで好きにさせておいてやるのだった。
−終−
従って甘えて、
2005.11.18
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