outbreak




太陽が地面を照らさないからか木や雑草でさえ元気がない。
スラム育ちであるダンテはビルとビル、アパートメントの詰まった街を想像していただけに違和感は否めない。
密集した家はともかく、畑があるのには素直に驚いてしまったのだ。自炊しているのだろうが、悪魔に踏まれ太陽にも見放されたような地で。
「酷いな」
空を覆う雲に嫌気がさしてダンテは至極真面目に呟いた。
バージルはそんな彼を後ろから見つめるだけで何も言わない、いや言えないの間違いだ。
これでもまだマシな方なのだと言えなかった。
己の治める領地は生活がまだ安定している。光は差し込まずにいるが水は澄んでいるし木々も、もちろん野菜も育つ。
魔の物以外の動物もいるし、平和で住み良いとは決して言えなかったが生活はしていける。
それでも母を守護していたスパーダの力は彼女が亡くなると同時に薄まってしまったが。
エヴァが居た頃、捕らえられていたが太陽は雲を割って見せたものだった。
加護されている、と自覚するのはこんなとき。加護と言っても彼女はただの人間であるのは間違いなかったし、皆を護るとは思えないだろう。もちろんできなかった。
しかし一人で何千何万の父と彼女を慕った五人の今は自分の部下の悪魔達の力、しかしそうさせるのはエヴァの力だった。
尊敬する父と愛を紡ぐエヴァのおかげでこの地は生きていた。自分が彼らのように人々に何かをしてやることはまだまだ少なかった。
どれだけ悪魔を薙ぎ払い、地を養い、作物を分け与えても利己主義の人間はすぐにそれに慣れる。
次を欲するようになる。傲慢さからスパーダを魔王に売り渡したように。
怨んでいるわけではないが許せないと思わないわけでもない。それでもあのムンドゥスを倒さなければいけなかった。
「デビルハンターはいないのかよ」
「いる、が」
この地でのデビルハンターという位置は非常に低かった。
盟主という者がいる地では悪魔を倒しても大した儲けにならず、それでもここでしようと思うと、仕事は田畑を護ること、そして多少の金で民家を護ることだった。
ムンドゥスに近くありながら、発展を見せないこの街ではデビルハンターという職業では生きてはいけないような者だった。
盟主ネロ=アンジェロとバージルが呼ばれるようになってすぐ、街でハントを仕事にしていた者たちは他の土地に流れるように移って行った。
バージルはそれを咎めるようなこともしなかったし、仕方ないものだと理解していた。
それ故にどうしても錆びれるこの地をまた、他より助けてしまうのは無理も無かった。
先を進んで話そうとしないバージルを見て、ダンテは一つ目を閉じて奥に押し込め、そんなもんだろうと勝手に決着を付け息を吐く。
そして背に刺していた大剣を抜くと宙で二、三度素振りをして構える体勢を取った。
「俺が無償で仕事するなんてサービスにもほどがあるぜ」
口端を上げて一度楽しそうに笑むと次の瞬間には駆け出していた。
まるで軽いただの木の棒を振るっているかのように剣を払い、足のホルダーに納めていた銃を軽やかに取り出し連射させる。
何秒も掛からない間に行われたその攻撃で、骨と土と少ない血で出来た悪魔はギィと鳴いてバラバラと、いとも簡単に崩れていく。
流石悪魔狩りを職業にしていたと聞くだけに慣れた捌きだった。
そして強い。壁を攀じ登る発達し過ぎて手足が爪と同化してしまったような悪魔や羽根を持つ空を漂うものは高く高く跳び、叩き落とす。
ゆらゆらと不安定な足取りだが手に斧を持ち道を徘徊する悪魔達にはその武器が振り下ろされる前に大きな一撃を与えた。
街を埋めていた悪魔はダンテが動いてからどれくらいの数が減っただろうか。
後を付いてもし危ないようならば手助けが必要ならばとずっと闇魔刀の柄に触れてはいるがそれを抜くことはまだ無い。
確実に仕留められている、そして囲まれても決して焦らず次にどう動けばいいかわかっているようだった。むしろ楽しんでいる。
悪魔と対峙しているダンテはとても生き生きとして眩しく思えた。
そして踊るように戦う姿が美しかった。
すっかりいなくなった魔を見て、ダンテはくるりと剣を背負った。
しかしこんな世界だ、これだけ倒しても恐らく次の日にはまた街にも悪魔は蔓延り始めるだろう。
数少なく隠れながら生活を送る住民たちはきっと感謝することなく一日を過ごす。
ダンテのしたことを今すぐにでも民の者に公言したかった。崇めろと事実を叩き付けてやりたかった。
無償で敵を排除する、など普段部下でも己自身でもすることで今更である。
だというのに今まで思ったことの無い感情が占めているのは何故だろうか。
ただこのことを誰にも知られずにいることが悔やまれた。
「此処はわかった、他に行こうぜ」
来た道を親指の腹で指してダンテが言う。ああ、と頷き、始終触れていた闇魔刀から手を放した。敵は一匹もいない。
血で固めた砂は風になり形も残っていない。
今日と言う日の街の安寧はお前の成功だと笑みを作りかけたところでダンテの視線が一瞬ブレた。
ほんの一瞬のことだったが、確かに、合わさっていたはずの焦点が落ちた。
「ダンテ?」
疑問を感じ、名を問い掛けたところで体が動かなかった。
ダンテの体がまるで糸か何かで引かれたように、ゆっくりと地に堕ちるのをただ目を見開いたまま見ているしかできない。
頭から指令が出て手を伸ばしたときにはもう遅い。
掴むことも、支えることも、声を出すこともできなかった。

ダンテが、倒れた。







   −続−







その瞬間、空気でさえ止まった




2006.9.17