二人




ダンテは、彼は私の弟。ひとりきりの弟だ。
長い間生き別れ死んだとまで言われた一人だけの家族。
父が殺され、そしてダンテだけが連れ去られた。彼が母と私の元から消えて何年になるか。
殺されたという朗報も何度か聞いた。
それを理解してきたつもりのなかで、いつもどこかそれを嘘だと信じていた。
どこかで生きている、必ず会える。
探すのを諦めたことなんて一度も無かった。

「よぉ、兄さん。地獄から戻ってきたぜ」

夢かと、思った。
その姿を見たとき、目を疑った。
しかし、何度も鏡で見た自分と似た容姿、声。
銀色の髪と、青の空を思わせる瞳。
赤いコートの青年が一人、挑発するかのように笑った。
見間違えるわけが無い、これは弟だ。ダンテだ。
それでも聞かないわけにはいかなかった。
ダンテが口にした異世界という言葉は案外簡単に自分の中に落ち着いた。
この青年は自分の弟であり、そうでは無いのだと。
多少なりとも落胆してしまったが、ダンテはダンテに変わりなく、嬉しい気持ちの方が万倍もあったのは事実だ。
今まで会えもしなかった弟が、今この城の中にいる。
食事の際の埋まった席、いつか使うだろうと弟のために用意した部屋を訪ねた時、廊下で見かける度、夢では無いとらしくもなく気持ちが昂ぶった。
ずっと再会を夢見ていた相手であるから昔から多少なりとも執着はあったように思われる。
それもダンテが此処へ姿を現してからはそれが酷くなったように思える。
もっと話したい、もっとダンテを見ていたい、もっと一緒にいたい。
思い出の中の彼と比べていないわけでは決して無いとは言えない。
あまり過去を深く喋ろうとしないダンテがポツポツと話してくれるのそれがとても嬉しかった。
不器用ながら生きて来たその歴史がとても痛ましくそれと同時に愛しく思えた。
しかし彼は異世界の自分のことを、それも私のことを話すのを酷く嫌がっているように見えた。
聞けばそれなりに答えをくれるが、良い顔はしなかったので聞き辛い。
それに……。
ダンテは、私を名前で呼ぶことを善いとしない。
それは確認などしなくても、もう一人の兄「バージル」のことを思ってのことらしかった。
予想は付いたがあまり嬉しいことでは無かった。
弟に別の兄がいるということが妙に胸を詰まらせる。
二人の間に何かあったのだろうか。
何故だろう、腹立たしい…
そう思える気持ちが自分でも不思議でならないが、そんな風に思えて仕方なかった。
同じ、バージルという人間であるはずなのに。自嘲の笑みが出てしまう。
その目には、私はどう映っているのだろうか、やはり彼の兄なのだろうか。
彼が思う相手はこの私では駄目なのだろうか?
いっそ……私という「バージル」を見ればいいのに。
もう一つの異世界の兄を呼ぶのではなく、私を。
「馬鹿なことを」
浮かんだ思考を被り振る。
これでは執着している、なんて問題では無いな。
日々膨らむ気持ちをきっとこの先も抑えられないのだろう。
その思考に自分で自分に苦い笑いを浮かべるしかなかった。







   −終−







馬鹿なと思いながらも、気持ちは高まるばかり




2005.11.26