異質との再会3
崖の上に立つひとつの屋敷。
その大きさ、造りは居城というだけあって、まさしく城と言っても相違無いものだった。
ダンテは顔を顰めてそれを見上げる。
彼と共に異世界に飛ばされたベリルは弱った体を若干引き摺りながらも横に並び城を眺めていた。
言われたことを信じられない気持ちと、まだこの世界に馴染めてはいないのだろう、その顔には困惑が浮かんでいる。
彼女のデビルハンターとして愛用する武器、ライフルに手を触れて放さないのが証拠だ。
隣に居たもう一人のデビルハンターが気遣うようにちらりと彼女を目の端に収めたが声を掛けることはしなかった。
黒のコートを翻し、男が門前に立つ。
ギギィと錆が軋む音と共に、古く重く大きな門が開いた。
先に見えるのは入り組んだ石造りの建物。
不気味な庭を横目に石のタイルをしばらく歩くと、やっと屋敷への扉が目の前に現れた。
ここまで前を歩いていた男が足を止め、扉をゆっくりと押し開いた。
「盟主…盟主、おられるか!」
広いホールに声が響く。
光は薄いオレンジ、電気というよりも蝋燭だろうか、不思議な光が薄暗く屋敷内を照らす。
カツンカツンと人の足音らしきものが暗い廊下の奥から聞こえてくる。
「呼んだか、シャドウ」
聞こえた声は聞き覚えのあるものでありながら、少し低く思えた。
シャドウ、と呼ばれたのはここにいる黒い男だろう頭を下げてその場から一歩下がって留まった。
徐々に存在が明らかになる。
ガシャンと鎧が鳴るような音と共に、深い青の瞳が闇から現れた。
「…………ダンテ?」
神経質そうな男が目を大きくして名前を呼ぶ。
大きな体をしている、大きな鎧をしいているからか。にしても、高い身長である。
長身に入るダンテより頭一つ分高く、彼と同じ造りの顔を持っている。
鋭い程の切れ目と銀の髪をきっちりと撫でつけ、ダンテよりもキリと引き締まった大人の顔つきをしていた。
彼も綺麗だと思ったけど、この人は何て美しいの。
ベリルはその美麗な顔についホウと甘い息を漏らしてしまう。
真正面から兄と呼ばれるその男と対峙していたダンテは皮肉のような不機嫌そうな顔をしていた。
「よぉ、兄さん。地獄から戻ってきたぜ」
シニカルに笑うその様子を微動だにせず鎧の男、ネロ=アンジェロは見つめている。
まるで本当に死んだ人間を今、この場で見ているという目だ。
「ダンテなのか?」
「みたいだな」
顔を硬直させて真剣に問う彼に、ダンテは肩を竦めて軽く応えた。
ベリルは生き別れた兄弟の再会なのに、と顔を顰め諌めようと口を開いた。
しかし、彼を見つめるこの城の主の顔があまりに切なく喜びに溢れているように見えて次の言葉は喉に詰まった。
凝視するようにもう一度よく見ると、鎧の男からはそんな顔は感じられない。
まだひとつも変えていない表情に何故そう思ったのか、彼女本人もわからなかった。
ただじぃとその片割れを見つめている。
「………よく、戻った」
そう小さく短くそう漏らす。
しかしその言葉の中にはじんわりとした温かみがあって、ダンテは余計に顔を歪めてしまう。
「残念だけど、俺はアンタが探してるダンテじゃ無いさ」
「どういうことだ」
「俺はデビルハンターをしてる。もちろん、こことは別の、異世界で」
言葉を反響するように「異世界…」と騎士は目を更に見開き呟く。
双子の兄は神妙な顔をして、若干残念そうな顔を含ませて「そうか」と呟いた。
頭良さ気に見える彼は、それだけでわかってしまったのだろうか。
そうではないかもしれないが、ここにいるダンテは自分の弟とは違う、ということに気付いたのか。
妙な雰囲気にダンテはガシガシと頭を掻いた。
「まぁ、アンタが俺の兄貴ってことには変わんないだろ、似合わない顔すんな」
「異世界にあるにしろ、魂元は同じ…か」
独り言のような小さな呟き。
沈んで見せた顔は今は無く、ただ久しぶりに会った弟に対して口を緩めて静かに笑う。
「難しいことを抜きにしても、ダンテ。お前に会えて嬉しい」
いい年だろう兄に、直球で喜びを表されダンテは困った顔を見せる。
それは単に恥ずかしいからだろうことはよく知る者ならわかったはずだ。
しかし今、何年ぶりに、正確には別世界にいるダンテのことをよく知るわけも無い双子の片割れは渋い顔をしている彼を不思議と首を傾げた。
「聞いたぜ、ムンドゥスと戦うんだろ?」
ぶっきらぼうにダンテが言う。
視線を合わせず、何てこと無いように口にするフリをしてみせている。
「あぁ、しかし今宵はまずはお前のために宴を催そう」
「ガキじゃねえんだから」
ダンテは兄の提案に頭を抱える。
「まず部屋へ案内しよう。シャドウ」
「了解した」
シャドウは今一度頭を下げると、ダンテとベリルを廊下の奥へと案内する。
赤いコートが闇へと消えていく、その後姿を鎧の騎士は見やっていた。
しばらくそうしてから、宴の指示をするためだろうすぐ近くの扉へ消えた。
「いいお兄さんね」
ベリルはひっそりと話しかける。
どうやら兄に対して好印象を持っているようだ。
無くなっていた体の血の気を一気に取り返したように、頬を乙女らしく軽く染めていた。
「あぁ、半殺しにして来た奴と同じとは思え無いな」
「えっ!」
赤毛を大げさなくらいに振って驚いてこちらを見やるベリルにダンテは視線をも向けなかった。
ただ妙に落ち着かない気分にダンテの足が浮ついていたのは気のせいではないと思う。
兄は部屋を用意すると言った。
ここにしばらくの間留まることになるのには間違い無さそうだ。
以前戦うことになった兄は此処にいて、それも歓迎されている。
ダンテは自分の世界の兄と違う兄のことを思うと何故か不安に駆られ、溜息を吐かずにはいられなかった。
−終−
どうしたもんか
2005.11.11
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