chain
空は変わらずの悪雲だ。
ダンテは多少傷ついてしまったコートを羽織り、父の肩身の剣を背負い、ホルダーには二丁の拳銃を入れその空の下立っていた。
大きな重い扉と厳固な守りの門を抜け、荒れ果てた土と、不気味な色の木と草の道を歩いていた。
こちらの世界の兄、ネロ=アンジェロに置いてもらっている城は後ろにある。
世話になっている彼に断りを入れずに悪いとは思うが、現状を知り、早くに『獣の首』を探さなければならなかった。
帰る、と言えるわけではないが、何も手がかりを掴めなければ其処に帰ることになるかもしれないとも思ったので、あえて黙って出てきたのだが。
元々こちらの世界の人物では無いのだし、特に問題があるわけでも無いだろうと完結させてしまっていた。
ふと、ダンテは足を止めて振り返った。
「ベリル、無理すんな…城に居ろと言っただろ」
腕を組みながら、ダンテは後ろをズルズル歩く赤銅色の彼女に向かって、あくまで気遣う言葉を吐いた。
「私だけのうのうと時間を過ごすなんて嫌よ」
その姿は口調とは裏腹に情けないものだった。
大きめのマシンガン、彼女の愛銃であるそれを杖代わりにするように、半ば凭れながらゆっくりゆっくり進む。
どう見ても、平気と言えるようなものではなかった。
ネロ=アンジェロの居城からまだどれだけも離れていない内にベリルはこのような歩の進め方しかできなくなっていた。
大きな力が集まる其処はやはり外から除外されたような清浄な場所なんだと納得する。
ダンテも、此処へきたときのような心臓に掛かる重さのようなものをもちろん感じてはいたが、立っていられないほどでも無かった。
しかし彼女はそうは行かないだろう。
見渡すだけで悪魔は何匹も見えるような場所なのだ。すでに息が上がっている彼女では到底戦えないだろう。
そんなことを考えるダンテの思考を知ってか知らずか、ベリルは顔に掛かる赤い髪を掻き揚げてさも当然のように、
「それに獣の首の気配を感じられるのは私だけ、そうでしょ?」
上目でじろりと睨みつけるように言われ、ダンテは呆れの溜息を吐いた。
「足手纏いになるなよ、面倒見切れないからな」
言うが早いかダンテは大きく走り出していた。
大剣リベリオンを振り回し、相手に攻撃する隙も与えず斬り進める。
二丁の銃は炎を放ちながら相手に風穴を開けて行く。
後ろから迫られれば宙に飛びあがり、真下にいる悪魔の頭へ切先を突き刺した。
その相変わらずの踊るような戦い方に、ベリルは呆気に取られながらも負けじと銃を構えた。
しかしベリルが一匹に手こずっている間に、ダンテは最低7匹は倒せている。
多少の気分が悪いのは半魔であってもダンテも同じ。
故に体調のことを抜きにしろダンテが言うまでも無く、彼女は確実に足手纏いであった。
ダンテの、悪魔との対峙を楽しむ雰囲気とは別に、ベリルは赤い顔どころか蒼白になっていく。
脂汗が、健康的な肌にじっとりと浮かび始め、すでに銃を上げる腕さえ億劫そうだ。
ついに膝をガクリと折ってしまったところに、悪魔はしめたと言わんばかりに跳びかかる。
それを、しまったと思うまでもなく、ダンテの命中率の良い弾痕によって救われた。
目の前であっという間に血になり砂となって消えてしまった。
「だから言ったろ」
ぜえぜえと肩で息をするベリルの肩に、ダンテはなるべく優しく手を置いて諭す。
「…アンタ一人で、出掛けさせるわけにはいかないわ、行くなら私も、絶対行く」
強い意志の瞳がじっと双蒼の瞳を見める。
その表情はどう考えてもただの強がりであるのは蒼白の顔色で見て取れる。しかし断固として譲らなかった。
微かだがゆっくりと雲は動き、時間の経過を知らせる。
「………わかったよ、お嬢さん」
睨み合いとも見れる二人の視線の交わしに、先に折れたのはこちらだった。
応えに安堵したのか、彼女は完全にその身体の力を抜いた。
ダンテはベリルの肩を担ぎながら、今から戻るだろう居城を見やる。
立てた人差し指の大きさで見える場所に、城はあった。
本当にいくらも離れていない。
外に行かなければ『獣の首』は見つけられない。
どこにあるのかはベリルにしかわからないし、一人探しに行くのも彼女が許さないと言う。そう言うのだから駄目だと言っても無理にでも付いてくるだろう。
そうなれば無事で済むとは思えないし、護りながら戦うのがどれほど面倒で厳しくなるかはダンテもわかっていた。
これは、しばらく帰れそうに無い。
溜息を吐くのを我慢して、今来た道程を、一人分の重さを背に負いながら戻るのだった。
−終−
此処から動くことができない鎖
2006.10.19
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