零に限り無く近い一歩




扉を叩く音が静かな室内に響いた。
その後すぐにガチャリとドアが開く音が聞こえて、隙間から覗いたのは銀の髪と蒼い瞳。
「バージル?いるか?」
間違うこと無き、バージルの弟、ダンテだった。
声は呼びかけた相手には届かず、広い部屋に消えた。居るものと思って来ただけに、気が抜けてしまうのは仕方の無いことだった。
しかし本人がいないことで意識は初めて見た彼の部屋へ移る。ダンテはへえと小さく口にした。
自分の案内された部屋は豪華なものだった、使っていない部屋だったからか物が無くシンプルには見えたが、それでも凄いものだった。
しかし、兄であるバージルの部屋もシンプルだった。部屋の広さはダンテのものの倍以上ある、しかし部屋は広いが物が少ない。
大きな窓と天井から下がる派手すぎない照明、テーブルとソファーがきちんと並び、高そうな棚に本が埋め尽くされている。
奥には恐らく寝室に続くだろう大きなドア。綺麗な部屋の造りではあるのに、極端に物が少なかった。
ダンテは大きく見回してから、重そうな本棚の前に立って丁寧に詰め込まれた本を眺めた。
「へえ、凄いな…」
思わず溜息を漏らす。
並んでいる本は、それはもうダンテなどが見たことの無いようなものばかりで、タイトルも難しすぎてよくはわからない。
左から右へとわけのわからないタイトルを順に眺めるだけしかできない。あまりに高い棚で、手は届くとは決して思えない。見上げると首が痛くてしょうがなかった。
「それは父が残した本だ」
背後で聞こえた声に、勢いよく振り返った。
いつもより軽装…と言ってもシャツとタイを着込んでいる。鎧を着ていないバージルは珍しくて、目を見開いてしまった。
それより、気配に気付かないでいた事実が後になってじわじわと襲ってきて、ダンテは顔を顰めた。
隣に立って、棚から一番上の本を取った。ダンテが取れない、と思っていたものをバージルはひょいと取ってしまい、ダンテは更に顔を顰めることになった。バージルは少し表紙を撫でてからダンテに差し出した。
「読むか?」
ダンテは肩を竦めるだけで受け取らなかった。
「…どうせ読んでもわからないだろうし、遠慮するぜ」
「ならば私が教えるか」
ゲッとあからさまに漏らしまったダンテは、バージルを見て慌てて口を噤んだ。
それを見て、バージルは可笑しそうに静かに笑った。
「教えてほしかったら言ってくると良い」
笑うバージルとは別に、ダンテは困った顔を隠せない。
「それより、ダンテが私の部屋に来るなんて珍しい。何か用だったか?」
「あ、いや…」
「どうした、言ってみろ」
真剣な目に見られて、ダンテは目をうろうろさせる。それでも少しの時間の後、視線を合わせた。

「茶でもしないかな、と思ったんだけどな」

忙しいならいい、と急ぎ付け足した。
バージルは、きょとんとしてそれでも言葉を噛み締めるようにゆっくりと目を柔らかく細めた。
「お前の誘いを私が断るわけ無いだろう。とても嬉しく思う、是非共にさせてほしい」
ダンテは、惜しげも無く喜びを表してくれているバージルに思わず顔を背けてしまう。素っ気無く、そうかと呟いたが、バージルはそれでも嬉しそうに少ない表情で笑った。







   −終−







弟から歩み寄る第一歩目。




2006.1.14