同一を知る壁
廊下に怪しい人影を見つけて、ダンテは足を止めた。
それはこの世界で唯一向こうでの自分を知っている人物。
唯そこにいるだけならまだしも、その様子はまるで誰かの尾行か監視。何かから隠れているような態度にダンテはおやと首を傾げた。
「ベリル、何やってんだ?」
ただ後ろから声を掛けただけなのに、彼女はビクリと大袈裟なほど体を揺らした。
そろりと顔を向け、日とを見るなり溜め息を吐いたかと思うと今度はキッと目を吊り上げた。
「お、脅かさないでよ!」
多少呆気に取られたがすぐにそれにも馴染み、ダンテは口の端を上げた。
「声を掛けただけで心臓が飛び出るって言うなら謝るぜ」
「もう!」
怒りに顔を染め、それからちらりと先ほどまで目を向けていた方を見やった。
なんだ、何かあるのか?ダンテも続いて視線を送った。
別に何があるわけでも無い、ただ双子の兄バージルがその部下と何やら真剣な顔で話をしているだけだ。
その様子をベリルは今も真剣に見つめ続けていた。そこで合点が行く。
「……ふうん?」
何よ、と強い口調でベリルが睨む。
そんな視線をもろともせず、ダンテはなるほどといった口調で。
「ベリルはバージルのことが気に入ってるのか」
「な、なによ!好きじゃないわ!馬鹿なこと言わないで!」
食ってかかるいきおいを見せる。ダンテは手をホールドと言わんばかりに挙げて見せた。
「オイオイ、俺は気に入ってるのかって言っただけだぜ?」
やられた!ベリルの顔が更に染まる。それを見てダンテは口の端を上げるだけで笑む。
「双子のはずなのに全然違うのね」
異世界だからなの。可愛いとも綺麗とも言える顔を膨らませ、ベリルは問うた。
「元々性格は似て無いさ」
ダンテが少し困った顔をする。
彼女はそんな彼をするのを少し意外そうに眺めた。軽口の飛び出てこないこの空気に、ベリルは居心地悪そうに口を歪める。
そしてそれとなくその場から離れた。なんだか近くに彼の兄がいるということが気まずく思えたからだ。ダンテも、その後に続く。
「いいお兄さんだった?」
長い廊下を2人でゆっくり歩きながら、ベリルはそっと聞く。
「……さあな…」
そっけなく返してくるダンテを見れば、良い思い出とは言えないんだろうとベリルは勝手に思った。
そういえば、ベリルは初めて此処へ来たときのことを思い出してそれ以上聞くことはできなかった自分を思い出した。
空気を薙ぎ払うようにわざと明るい声を出す。
「そちらはともかくこちらのお兄さんはいい人そうじゃない?」
「そうだな」
ダンテはベリルを見ることなく、興味も無さ気に答えた。
しかし、それは彼のよくするポーズでそうした自分を作っている、とよくわかる。
ベリルは溜息を吐いた。
「なのに何故避けているの?」
「何言って」
「見てればわかるわよ、顔に出てるわ」
今までの悪魔とも戦いでも、あの凶暴な獣の首との戦いでも見たことが無い、余裕の無い表情。これが彼の素なんだろう。
ダンテの内を出させるものはやはり兄というキーワードなのか。
「あなた半殺しにしてきた、とかなんとか」
「記憶力の長けたお嬢さんだ」
ベリルを見て、肩を竦めた。
それでも視線のは感じ続け、居心地の悪そうに息を吐いた。
微か胡乱な目で宙を仰いでからすぐにその視線を靴に落とす。
「半殺しってのは間違いかな、二度ほど殺しに掛かって来た」
体が震えるのをベリルは止められなかった。
思わず手を当てた唇は情けないことに戦慄き、歯はガチガチと音を立てていた。
「うそ」
小さく聞こえた声に、ダンテは苦く笑う。
予想はしていたが、やはり言うべきでは無かった。
そんなことを考えながら、言葉を続ける。
きっと知りたがりのお嬢さんはここで止まるなんてことは決してできないとわかっていたから。
「バージルはあの戦いのとき……敵…だったんだ」
「じゃあ、まさか…そんな」
顔色が悪い。
綺麗な顔が青く染まるのをぼんやりと見る。
彼女はこの世界の人間が英雄スパーダの死に加担していた、というだけで酷くショックを受けていた。
それが自分の世界では、ダンテの兄であるバージルが敵だったという。
英雄として愛しているだろうスパーダと、少しでも気持ちを動かしてしまっていたバージル。
その二つが敵対していたということに、ベリルは付いていけていないのだろう。
それに、ダンテとバージル兄弟同士で戦ったという事実も。
「あの人には言わないでくれ、兄貴はどうでもあの人は違うんだ」
混乱しているだろうベリルの肩をなるべく優しく叩き、ダンテは静かに言った。
揺れる瞳で、ベリルはダンテを仰ぎ見る。
前髪の影になっているその目は、よくは見えなかったが蒼が寂しそうに見えて、ベリルは自分の不安をストンと落とした。
ダンテの方が辛くないわけがないのだ。
兄さん、と呼んだはずのこの世界の兄ネロ=アンジェロことバージル。
自分の世界の兄のことを、兄貴と呼んだ。
それがやけに悲しかった。
「そうよ、あの人は貴方の戦ったお兄さんじゃないわ」
自分にも言い聞かすようにハッキリと口にした言葉は案外効き目があったように、気持ちを晴れ晴れしくさせた。
関係無いのだ、この世界のバージルという人間と、そしてあちらで敵だったとダンテが漏らしたバージルと。
その彼女らしい勢いの声が、同時にダンテの色を少しだけ、明るくさせたように思われる。
逆に気を使われたとわかると、ダンテは参ったと大げさに頭を被り振ってから薄く笑った。
綺麗な顔が微かに緩められるのを、見てベリルは悔しくも見惚れてしまって慌てて目を逸らす。
それと同時に似たような笑い方を思い出して更に頬を赤くする。
ベリルは「やっぱり兄弟なのかしら」と聞かれないように小さく呟いた。
−終−
似ているのか、似ていないのか…世界の違う双子でも。
2006.1.12
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