晩餐途中の話
食事会の空気はバージルの一声で随分楽なものになった。
立ち上がり、好きなように話、好きなように飲み食べる。そちらのが随分楽だ。
バージルの言葉には随分力があるようだ。
周りの視線は多少邪魔だったが、声を掻けてくるというわけでも無い。
遠まわしな様子が鬱陶しいが、この場は仕方ない。我慢他無いだろう。
滅多に飲めない高そうなシャンパンを口にしていると、後ろから声が掛かった。
長い金髪をゆったりとまとめ、重くて長い服を引き摺っている。邪魔では無いのか。
「ダンテ様、よくお戻りになられました」
「戻ったっていうか、まあいいけど」
姿勢を低く、頭を落とし丁寧に礼を取る。シャドウに会ったときもこうされたな、とぼんやり思った。
「ブレイドだったな」
「えぇ」
穏やかな顔がゆったりと微笑むのが見えた。
優しげな顔が更に柔らかな雰囲気を持って、こちらも笑みを浮かべる。
「で、お前がフロストな」
ひょいと、高い背の少し後ろに居た男の肩を叩いた。バージルの部下として同じく紹介されたフロストという男だった。
パシリと軽い音と共に微かな痛みを感じた。
「気安く触れるな」
黒に近い灰を雑に乱した髪の間から薄い色の目がギラリと覗いた。
払われた手と、その男を見比べる。
「俺は別に戻ってくれて嬉しいなどと思ってはいないのだから」
皮肉った…いや、憎みを含めた言い方に近い。
しかしそう言われて泣く気などさらさら起こるものでも無し、初めて会った男にそんなことを言われても、悪いが笑いが吹き出してくるだけだ。
「別に歓迎してくれなんて言った覚えはないぜ?」
肩をすくめて言ってやると顔を恐ろしく険しく奥歯を噛み締めたような表情をして、その場に背を向けて去って行った。
「何だ、アイツ。俺何かしたか?」
扉に消えて行く後ろ姿を見つめながらブレイドに問うた。
ブレイドは小さく苦く笑って多少言いにくそうに漏らした。
「ダンテ様は、彼を嫌っておられたので」
昔、俺じゃないな。
初対面で嫌った覚えも無いし、異世界で昔と言われても関係無い。
が、しかし『ダンテ』がフロストを…。
「あー……、わかる気がする」
可笑しくなって笑うと、ブレイドはきょとんとして見せたがすぐに釣られたように笑った。
ドアの方を見るが、誰もフロストが出ていったことを気付いていないようだ。
ブレイドと二、三軽く喋ってから、断って同じように部屋を出た。
目的はすぐに見つかった。
「フロスト、待てよ」
静かに長い廊下に浮かび上がっていた灰色は掛けた声に凄い勢いで振り返った。
「何のつもりだ、何を考えている」
細い目をいっぱいに見開いて、しかしその始終怒りに満ちているような顔は変わらないところが可笑しかった。
「別に?何も考えてないからここにいるんだろう」
フゥと重々しい溜息を吐いているフロスト。呆れているというより、自分を落ち着けているようなイメージの方が強かった。
もう一度大きく息を吐いてからまた鋭い目を向けてきた。
「戻れ、盟主バージルがせっかくお前のために用意した宴だろう」
意外だ。
これでも直属の部下、バージルは慕い信頼しているようだった。
「お前は?」
「必要な分はもうこなした」
淡々と言うと言葉を続けることも無く、背を向けた。
それを見て、思う。何かに似てる。
何だろう、それから先は出てこない。
それが何かは思い付くことは無かったが妙にそんなことを感じた。
廊下の奥へと小さくなっていく後ろ姿をしばし見つめてから元来た道へと足を向けた。
フロストの言うとおり、この世界の思いの深い兄が初めて用意してくれたものに戻るために。
−終−
この世界は異様だ…それでも暖かい
2006.1.4
|
|