晩餐だった話
さわさわと穏やかな食事の時間。
宴として、きっちりとしたものになるはずだったが、ダンテの一言で立食のような雰囲気になった。
それもまた良いだろう、とその時間をバージルも楽しんでいた。
それはともかく、そのダンテはどこへ行ったのだろう。部屋を見渡していた。
「盟主殿」
呼ばれた声に、バージルは振り返る。
見かけは上品な中年と言わんばかりの男。
しかし自分なんかより余程博識で色んな書物を読み漁っている男で実は老人とも言えないほどの年をすでに食っていると聞いた。
直接の部下では無かったが、その中でもよく話す部類と言ってもいいだろう。
「どうした?」
宴の席で渋い顔をしている彼を見て、持っていたグラスをテーブルに置いた。
「あの盟主の弟と名乗る方は本物なのですか」
思っても見なかった言葉に眉を寄せる。
「………どういうことだ」
「本物かどうか怪しいところではありませぬか、よく考えてくださいませ」
確かに死んだと言われていた弟が、今になって戻ってきた。怪しいと言えばそうなのかもしれない。
そういう意見があるとは思っていたが、と溜息を漏らしてしまう。
嬉しい意見ではない。
「よもや、あの男、ダンテ殿の名を語っておる賊かもしれませぬぞ」
「聞き捨てならない、どういうことだ」
ふわりと怒りの気が漂う。
周りに居た者で、敏感な者はその場からさり気無く距離を取った。遠くからチラリと伺う者もいる。
「顔などどうとでもできる悪魔だとておりましょう、それが本物の弟君を葬られた奴ならば…」
小さく呟いた「黙れ」という言葉の後、男が言葉の先を口にすることはできなかった。
「私の弟を愚弄する気なら、許してはおけない」
恐怖に見開かれた目、可哀相なくらいに汗が流れ落ちている。
その喉元にはスラリと伸びた片刃の切先が突きつけられている。その剣はバージルの手元から伸び、震えることもなくその位置できちんと止められている。
しかし少しでも力を入れようものなら喉元は一瞬にして突かれ、命も尽きるだろう。
仲間と呼ばれるものに剣を抜くなんてことは普段のバージルでは考えられ無いのだろう、一瞬にして注目が集まった。
シンと静まり返っているが、怒りが空気をピリピリとさせていた。
男はゴクリと喉を鳴らすと、小さく「すみません」と呟いた。
バージルはそれを聞いてから、目を伏せ、剣を下ろす。
「彼を疑うということは信じた私をも侮辱しているということだ、次は無い」
そう言うと、剣をすばやく鞘に収め一瞥もくれることも無くその場を離れた。
力が抜けた男は情けなくその場にへたり込んでしまっている。
誰もその男に駆け寄ることはしなかった。
感情を露わにすることをしない彼をあそこまで怒らせるなどということは理由など知らなくても相手が悪いとわかっているからだ。
「盟主様」
顔を上げると金髪の穏やかな顔をした青年が立っていた。白や緑をベースにした長い服がよく似合っている。
昔から仕え、バージルの信頼も大きな力も持っている直属の部下の一人、ブレイド。
ブレイドは手に持っていた片方のグラスを差し出すと、バージルは素直に受け取った。
「ダンテは……あの場にいたのか」
「いいえ、フロストを追いかけてあの場には」
そうか、呟くとブレイドは笑った。
「珍しい、盟主様が剣をお抜きになるなど」
戦いではいざ知らず、城にいる今剣を抜くなど無いことだった。バージルもそれはわかっているのか、苦い笑いを浮かべた。
自分でもあまり感情は出さない方だと思っていた。
ムンドゥスは憎い、許せない。
しかし取り乱してまで怒ることなど無かったように思える。それは仕えていたブレイドも同じで、正直驚いていた。
「ダンテ様が、それほど大事なのですね」
「ああ、そのようだ」
二人で笑いあうと、その場の空気も和み、部下たちもまた穏やかな雰囲気になっていた。
そこに調度部屋のドアが開く。その開く音がやたら大きく聞こえ、部屋の視線を一瞬で集めた。
「何、なんだよ」
皆の注目を集めたのは話の原因、ダンテであった。
いきなり笑い出したブレイドに加え、バージルも薄く笑う。それに釣られたように部屋中が笑いに満ち、ダンテは首を傾げた。
−終−
ああ、やはりお前は
2006.1.4
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