蜘蛛と鳥との話




別にいい、と言ったのにバージルは宴を催すと言って聞かなかった。
悪い気分では無いが、生真面目にやられると恥ずかしい。準備が出来次第呼ぶと言われてしまえば待つしか無くなる。
早々に用があるとシャドウにも去られてしまえば本当にすることが無くなってしまった。
しょうがないので、城の中を探らせてもらうことにした。
城内はきらびやか…とは言い難いが上品で綺麗な造りをしていた。
赤に近い紫の絨毯には所々に花や蔦を金や銀といっしょに織り込んである。そこ等に無造作そうに置いてある壺もお目に掛かったことの無いような色合いをしていた。
絨毯の織りにしても、照明にしても、壁に掛かった絵画や装飾品も素晴らしい。あいにくと興味が無いので何とも言えないのだがそんな自分でさえ凄いと思わせるのだからやはり凄い物なのだろう。
城というだけある、と在り来たりなことを考え苦笑した。
テラス続きになっている中庭を上から見下ろしたところでカシャンと鉄同士が掠り合う音が聞こえた。
覗き込むように見れば、広い中庭で一人黙々と何かを振るっている人物が見えた。ヒュンという音を鳴らして宙を切るのは武器だろう、振るう人物の身軽さを持って構えを実に様になって見えた。
ヒュウと口笛を鳴らす。
「…アンタやるなぁ」
声を掛けると、ピタリと動きを止め、こちらを仰ぎ見た。
「盟主殿……?」
言われると思ったけど、と苦笑を漏らす。ここへ来てシャドウとバージルにしか会っていない。顔が似ている双子なのだから間違われると踏んではいたが。
テラスの枠を蹴り、落ちるように中庭へ降りた。芝生がさわとなびく。コートが波を打った。
その様子を見ていた男は微かに怪訝そうに首を傾げた。
「縮まれたか?」
気にしてることを言ってくれる。
これでも背の高い部類に十分に入るというのに、シャドウと呼ばれた男も、双子であるはずのバージルでさえゆうに頭一つ分は高い。目の前にいる男も自分なんかより軽くに高みにいる。
どこかシャドウに似ているが、口元をマスクで覆い、長い黒髪が鋭い片目を隠している。
「面白い武器持ってんな、見せてもらってもいいか?」
「…もちろんだが」
戸惑っている男を放って、興味のあるそれに食らいつく。これでも武器を集めるのはひとつの趣味だったりもするのだが、これは初めて見るものだった。
「爪…みたいだな、手に付けるのか?」
彼が持って振るったのは爪のような形のもの。三つの長い鉄の刃がすらりと並び、鉄のグローブのようなものに付いている。
好奇心のままそれを嵌めると、案外重かった。両手になると直のこと。軽々振るっていたように見えたのに、と感心の笑みを浮かべた。
「盟主殿、それらは慣れていないと危な…」
「おもしれー」
静止の声を聞かず両の手を振るう。三つの爪が合計六つ。風を切る度にヒュンと変わった音がする。手を動かすたびに同じように切れるのか。
つい見たことも無い武器に夢中になってしまった。調子に乗ったのがいけなかったのか、鋭い爪がコートを掠める。
「っだ、わっ!」
「盟主殿……!」
紙が破けたような派手な音と共に、掠めるだけで済まなかったコートが無残に切り裂かれてしまった。
「あー…またかよ、気に入ってたのに」
破れたコートをこれ以上酷くしないよう慎重に持ち上げ、ガクリと肩を落とした。後ろの膝上辺りから斜めにザックリと切れてしまっている。
「盟主殿、平気か、お怪我は」
「あー平気平気。コートは大怪我だけどな」
目つきの悪い男だが、心配はしてくれているようで、まあ実際に心配しているのは兄のことだが、笑って返した。
マスクではっきりわからなかったが、安心からなのかやはり少し目元が緩んだ。
調度そのとき、バタンと乱暴な音が響いた。
何事か、とぎょっと目を向けると、一人の大柄な男が立っていた。手には斧に似た大きな剣を持っている。
「おうおう!盟主じゃあ無いか!なんだ、訓練ならオレも呼んでくれなきゃあな!」
大きな体と、逆立てた赤い髪、乱暴な口調と大きな態度、そして何より強さの溢れるその活気に呆気に取られたがそれよりも訓練という言葉に何はともあれ乗っかることにした。
「いいぜ、掛かって来いよ」
にぃと笑うと、大きな男は大げさなくらい不可思議な顔をして見せた。これもまたバージルと思っているらしいので、読めている。
「来ないなら、こっちから行くぜ!!」
ふわりと地を蹴り、男に向けて手を大きく振るった。
赤髪の男は自分の武器を持ってギリギリのところで防いだ。ビリビリと手元が振動で震える。
奴が大きな武器であるから仕方ない。力負けを考え、広い刀の背を蹴り飛ばし体勢を整える。
相手も、笑みを浮かべ大きな剣を振るってきた。芝を抉る。
くるりと背中でそれを避け、ひとつ間違えればすっぱり首が取れてしまう位置でブンと振られる剣をしゃがんで交わし、相手の背中へ廻る。
そうそう背を向けてはくれないが、高くジャンプをして、隙を狙った。
予想通り宙に向かって攻撃をしてくるが、それを爪で防ぎ、わざとバランスを崩しチャンスとばかりもう一度相手が振り上げる前に、その男の首へ三つの爪を突き立てた。
「一本」
黒髪のマスクの男が場の空気を切って言った。何を言ったのかはっきりわからなかったが、勝負は付いたということを言っているのだろうと勝手に解釈し、武器を下ろした。
息は多少荒げたが悪魔との運動を思えば気にならない。赤毛の大男の方が大変そうに、忙しなく息を整えていた。
「これ、サンキュ。楽しかった」
両の爪を外し、元の持ち主へ渡す。マスクの男はそれを受け取り感心した声を上げた。
「盟主殿はやはり素晴らしい才をお持ちのようだ」
「ああ、オレも、びっくりしたぜ、盟主はやっぱ強ええ」
がはは、と大げさなほど楽しそうに笑う赤毛の男。どっしりと芝に腰を下ろし、汗を拭っていた。

「言い忘れたけど、俺はバージルじゃ無いぜ」

悪いな、と告げると二人は顔を見合わせぽかんと間抜けな顔をして見せた。これも予想通りで思わず笑ってしまった。







   −終−







どういうことか、わからないのだが。




2006.1.1