それはひとつのミスだった。


「月くん」


「月くん」


「月くん、お願いです、何か喋ってください」

手錠で繋がっている生活で、その相手が何も話してくれないという状況はなってみると案外キツイものだと体験してわかった。
そもそも手錠で繋がっている生活というのが一般からは想像もできないものだろうが。
相手が好意を寄せているのなら尚更だ。


そう、ようは『夜神月が口を聞いてもくれない』のだ。


理由は至極簡単。
私が彼を怒らせてしまった。
彼が怒るということはあまり無い。
喧嘩になっても、そこで終わりで引きずったことは無い。
それが今回は違った、怒りをその場で現さず、彼は目を冷たく細め顔を背けた。
しまったと思ったときにはもう遅い。
そう、ここからだ。
「月くん」
用があるときは捜査本部メンバーを使い、間接的に伝えてくる。
他の者にはいつも通り話すのに、私には何も言おうとしない。
こんなに近くにいるのに。
「これでは監視カメラと変わらない」
動く彼を見たのはカメラ越し。
どれほど近くにいると感じでも画面を通してだった。
声すら届かない。
あぁ、あのときより酷い。
手が届く位置にいるというのに。
「月くん……」
私という人間はこんなにも息の漏れる人間だったか。
他人ひとりの態度にこんなにも左右される人間だったか。
一日はこんなに長いものだったか?




「レアチーズケーキ」




久しく聞いていなかった声が、隣でハッキリと聞こえた。
思わず垂れていた頭を上げ、彼を見やる。
「レアチーズケーキ。それで許してやる」
彼はいつもの様子で、こちらなど目もくれず真っ直ぐと前を見て。
しかし、最後だけはチラリと視線を向け目を細めた。
嬉しさと驚きと、それからそれから、えぇと…それより!
「用意します、今すぐ」
慌てて震える指先で、受話器を取りワタリを呼び出す。
最高級のケーキを用意させよう。
それから彼好みのコーヒーも。
そういえば朝から何も食べてない、お腹も空いてきた。
主人の意思を表すかのように鳴った腹の音に、月は小さく笑った。
それにつられて、こちらも笑ってしまう。


「すいませんでした」


案外さらりと口を突いた言葉に、月はまた笑った。















   −END−


意地っ張りの恋人だと大変だ。

2005.5.1